2011年8月15日月曜日

66年目の8月15日

毎年のことですが、この数字をカウントせずにはいられません。正直言って、この数字をいつまでカウントし続けるのかという思いもありますが、この数字をカウントすることをやめた時は、日本が国家として無くなる時なのではないかと思っています。つまり、我々は、どれほど世代交代をしても、日本という国がある限り、100年でも1000年でも、この戦争のことを語り続けなければならないと思います(今日の全国戦没者追悼式の様子はこちら)。

この式典で、横路孝弘衆院議長が追悼の辞で、東京電力福島第1原発の事故に触れ、「福島原発の事故では、人間の英知の限界を思い知らされました。ヒロシマナガサキの原爆投下、第五福竜丸の被曝を体験した私たちが、なぜ原発の安全神話に寄りかかってしまったのか、痛恨のきわみです。と述べたのは、かなり評価できると思います(このコメントの要旨はこちら)。


また、「終戦記念日」にあたり、与野党は声明や談話を発表しています(詳細はこちら)。

内容的には、当然のことながら原発・震災の復興ということが多いわけですが、ただ自民党やみんなの党の、震災からの復興を戦後の復興とかけているコメントには少し疑問を感じます。


今日は新聞休刊日なので、「終戦記念日」にあたっての、各新聞社の社説は、昨日出ていますが、こちらの方も、戦争とかけている内容が多いのが気になります。「朝日」、「読売」、「中日(東京)」、「産経」、「日経」は、どれもそうなのですが、特に「日経」は「日本経済新聞」の名からすると、ちょっと?って感じの社説です。「読売」は菅内閣打倒の感じが強すぎて偏っているように感じます。「朝日」は最後はなんか手間味噌で後味悪いです。「産経」は、ダメですね。「中日」は、悪くないのですが、社説としてはパンチが弱い気がします。

個人的には今年は「毎日」が一番バランスがとれているかなと思います。ただ、ちょっと主張が弱いというか、物足りない感じがします。


やはり「終戦記念日」の社説としては、「琉球新報」と「沖縄タイムス」が良いです。特に「琉球新報」の社説は、きちんと今日の外交問題と取り上げ、憲法第9条にふれ、「核廃絶」を訴えていて、素晴らしい社説だと思います。

沖縄と言えば、昨日のasahi.comに、「沖縄に原発、米統治時に構想 実現せず 米公文書で判明」という記事が出ていました。

「原子力の平和利用」の象徴だった原発を沖縄に造り、米国の統治の正当性を内外にPRする効果を狙ったとみられるが、実現しなかった。」ことは、大変良かったと思います。もし、それが実現していたら、沖縄はさらにひどい立場になってしまっていたでしょうから。それにしても、アメリカは、今更ながら、とんでもないひどい国家であったということを実感しました。

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