タイトルは、10月8日のTHE ASAHI SMINBUN DIGITAL掲載の社説です(詳細はこちら)。
「もっと近現代史を学校で教えよう。」
動機はともあれ、それは必要なことだと思います。現在のこの国の在り方が何故こうなのかを知るためには、近現代史を学ぶことが一番ですから。
記事には、「日本史で外国が描かれるのは戦争や交流があった時だけ。かたや、世界史のアジア史の項には日本がほとんど出てこない。日本が他国と関係なく歴史を刻んでいるかのようだ。」とありますが、日本史で近現代史をきちんと学習すれば、嫌でも外国との関わりを学ぶことになります。もしそのような日本近現代史が学校で教えられているとすれば、それは日本近現代史がきちんと理解できていない教員です。ただ学校の教員自身が、必ずしも近現代史をきちんと学んでいるとは限りませんし、ましてや全ての社会科もしくは地歴科の教員が近現代史をきちんと指導できるとは限りませんから、おそらく近現代史をきちんとやっていないのが現実でしょう。
世界史にいたっては、網羅的過ぎて記事に指摘のように日本が出てくる余地がありません。
「日本史は中学と高校で同じような中身を繰り返す。世界史と日本史も大戦期などは重なりが多い。」
これは事実ではありません。知らない人間はそう思うかも知れませんが、中学校の日本史と高校の日本史とは全く別物です。中学校で学ぶ日本史は「日本史入門」というか、「日本史重大ニュース」みたいに、トピックスだけを拾っていくだけのものなので、日本史と読んでよいものかどうかという気がします。
だからといって、高校の日本史が良いかというと必ずしもそうは言えませんが、高校の日本史はいちおう「日本史概説」と呼べるようなものになっていますので、日本史をやる価値はあります。そもそも、日本史をやらなくても大学に入れてしまうような形にしたのは問題だったと思います。
「必要なのは、退屈な丸暗記ではない。「いま」を考えるのに役立つ勉強だ。」
大学入試ですら、必要がなくなっている日本史ですから、今の若者は丸暗記すらしていません。基本的な日本史の知識すらないのですから、「いま」を考える材料すら持ち合わせていないのです。せめて、大学入試で日本史を必要にして、できるだけ多くの若者が最低限の知識を持つようになれば、現状よりもいくらかは良いのではないかと思うのですが。
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