2011年1月31日月曜日

『整理がうまい人のアナログ文具超活用法』

本書に書かれている内容は、自分がやっていることあまり変わらないので、こういうものでも本になるのか、先を越されたという一冊です。

ただし、机の上が書類だらけで、整理があまりうまくない人にはとても役に立つと思います。文章だけでなく、具体的なイラストが要所要所に描かれていますので、どうやってやればよいのか、大変わかり安いです。

第1章 整理のキホン!「捨てる」ところから始める(不要なモノを捨てなければ、整理は始まらない/捨てるルールを決め、迷わず捨てる ほか)
第2 章 便利な文具で、整理しやすい机にする(整理の習慣は、スキマ時間で身につける/書類整理のキホンは「ファイルボックス」「クリアホルダー」 ほか)
 第3章 仕事の効率がアップする文具(便利な文具を使えば、仕事の効率はアップする/ワンアクションで使える「ノック式」文具に注目する ほか)
第4 章 ムダ・モレなし!一目瞭然「情報整理術」(手帳をつける習慣で、仕事がうまくいく/「多機能ペン」で、情報が埋もれなくなる ほか)

読んでいてかなり気に入ったのは、各章末にあるコラムです。
第1章の「几帳面な人でも、捨てられない人は意外と多い」などは、まさに私のことです。机の上はいつも片付いていますが、ロッカーには過去数年分の書類が捨てられずにとってあります(いちおう封筒に時系列で分類して入れてあるのですが)。過去に役に立ったことは数回しかありませんので、捨てるべきだと思っていますが、なかなか捨てられないでいます。それでも、ロッカーの容量はそれほど大きくないので、いっぱいになってくればいやでも捨てざるをえないので、そのときにはやりますが、かなり面倒くさいので、こまめに捨てるようにしていきたいですね。

第2章は「月に一度は、文房具店に立ち寄ってみる」も、まさに私のことです。まあ、これは文房具が趣味のひとつなので、むしろ週一でも行きたいくらいですが。転職するなら、絶対に本屋さんか文房具屋さんって思っています。

第3章の「ワンランク上の文具で、できる人になる」も、いわゆる見せ文具って大事だと思っています。相手が上品な質の高い文具を持っていると、「お、コイツできるな」って思っちゃいますよね。見栄を張ってもよい部分ではないかと思います。

第4章の「効果的なごぶさた手紙・メール」ですが、これもありそうな話ですね。難しい部分ではありますが、相手によりけりですし、相手との関係にもよりますので、ちょっと微妙かもしれません。

本書は、比較的薄めですし、写真やイラストが多くて読みやすいですので、結構良いかもしれません。最初に書いたとおり、案外自分が普段やっていることに似ている内容でしたが、楽しんで読むことができました。

『 整理がうまい人のアナログ文具超活用法』 桃山透著 中経の文庫(中経出版) 2011年2月 533円+税



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2011年1月30日日曜日

日本国債格下げ 「日本は政治に対する明るい展望が描きにくい」

昨日のエントリーで国旗・国歌訴訟についての『朝日』の社説に関してコメントしましたが、今日の『琉球新報』の社説も同じテーマです。個人的に『朝日』はあまり信用していませんが(この問題に関してはたまたま(笑)悪くない社説ですが)、『琉球新報』は信用しているので、多くの方に読んでもらいたいです。ぜひ目を通してみてください(『琉球新報』社説はこちら)。

今日は、27日に発表された日本の国債の格下げについて、S&Pの担当者のコメントが『日経新聞』WEB版に出ていましたので、紹介します(記事はこちら)。
タイトルの言葉は、その担当者のコメントです。

ただ95パーセントを国内で保有している安心感からか、国内市場の反応は薄かったようです。それはそれで「大丈夫か?」と思うのですが、もっと心配なのは首相ですね。「その問題には疎い」って、一国のトップが言う言葉でしょうか?まぁいろいろと解釈があるようですが、普通に聞けば「大丈夫か?」って思いますよね。
ダボスに行っても、なんの反論もしなかったですし。「出席することを感慨深く思う」って、オリンピックじゃあるまいし、出ることに意義があるわけじゃないのに。世界経済フォーラムの年次総会ですよ、ダボス会議って。何しに行ったんでしょうか?

これではS&Pの担当者のコメント、納得ですね。

「今年はうさぎ年だから、飛躍の年」と期待して始まった2011年ですが、早くもうさぎがコケましたね。でも、まだ始まったばかりですから、コケてもすぐにたちあがれば、頑張れるはず??(そう言ってて、かなり不安)。うさぎをやめてカメにした方がいいかな(笑)

2011年1月29日土曜日

「君が代判決―少数者守る司法はどこへ」を読んで

朝日新聞1月29日付け社説が、タイトルにある君が代判決―少数者守る司法はどこへ」です。

東京都では、「国旗・国歌法」が制定された99年以降、高校の卒業式などで、君が代斉唱の際に、起立や伴奏が強制され、それに対して反発する教職員が処分されることが毎年起こっています。

 朝日新聞社説では、「私たちは、式典で国旗を掲げ、国歌を歌うことに反対するものではない。ただ、処分を科してまでそれを強いるのは行き過ぎだと主張してきた。
 最後は数の力で決まる立法や行政と異なり、少数者の人権を保護することにこそ民主社会における司法の最も重要な役割がある。最高裁、高裁とも、その使命を放棄し、存在意義を自らおとしめていると言うほかない。」と述べていますが、私も都の姿勢には憤慨していますし、司法の判断も納得できないでいます。

静岡県では、この問題はそれほど問題になっていないように思います。以前勤務していた学校で親しかった方で、起立しなかった方がいらっしゃいましたが、特別に処分されたとは聞いていません。
ただ私個人は、卒業式で君が代斉唱の際には起立だけはします。何よりも卒業式の主役は卒業生なのであり、卒業を祝う気持ちの方が起立するということにたいしてまさっているためですが、 歌うことはしません。どうせ、そこにいるほとんどの人が、ただ口をモゴモゴしているだけですので、別に問題はないわけです。おまけに卒業式の時期は花粉症の時期でもあり、マスクをしていないと、という状況でもありますので、なお良いわけです。

今年ももう少しすると卒業式です。残念ながら東京都では今年も処分される方が出てしまうのでしょうね。ただこれで良いわけではありません。朝日の社説にもあるように、「息苦しさを助長することのないよう、社会全体で目を凝らしてい」かなければいけません。

ただ日本はこうだから、昨日のGIGAZINEの記事にあった「民主主義が高い国ランキング」で、25位なんですよね。このランキングではイギリスやフランスよりも上位ですが、対象となっているのは民主主義国家30カ国ですから、25位というのは後ろから数えたほうが早いわけで、まぁ、妥当といえば妥当なんでしょうね。
しかし、君が代問題や沖縄問題を考えたら、南アメリカやコスタリカよりは上のような気もしますが、それでもビリでもおかしくない国だと思っています。だいたい、日本は真の意味での民主主義国家とは思っていませんから、民主主義国家ランキングの対象となっているだけでも、まだまともって思います。

2011年1月28日金曜日

沖縄への修学旅行が減少

今日、1月28日の『琉球新報』の社説に、沖縄への修学旅行がピーク時の2006年から3年連続で減少しているという記事が出ています。

高校の修学旅行の定番といえば沖縄と北海道ですが、ネックは金額です。公立高校では、修学旅行の予算はだいたい10万円前後だと思います。沖縄や北海道だと、交通費が大きいので、予算のうちのかなりの金額を占めてしまいます。
そこで、最近は同じような金額で行ける、海外への修学旅行が増えてきつつあるのです。韓国やシンガポール、マレーシアあたりなら、国内への修学旅行とさほど変わらない金額でいけるので、いっそ海外へということになるようです。また、それを売りにしている学校もあります。

しかし、修学旅行なのですから、やはり勉強しに行って欲しいものです。海外への修学旅行でも、研修次第では生徒にとってはとても良い修学旅行になりますが、教員の事前指導が大変ですし、その大変さの割には、観光旅行気分が強い感じが否めません。

北海道への修学旅行はよく知らないので、あまりコメント出来ませんが、ただ北海道への入植の歴史やアイヌとの関わりなど、アイヌから「アイヌシモリ」を奪っていった事実を学ぶことが出来ますので、北海道への修学旅行はとても意義があります(もしかすると、現実はスキー旅行が多いのかも知れませんが)。

一方沖縄への修学旅行は、「平和学習」が一般的なのではないかと思います。どうしても戦争のことを考える修学旅行になりがちなのはわかりますが、沖縄戦中心だけだともったいないですね。
昨年ならば、普天間問題がありましたから、米軍基地をバスで巡ってみて沖縄の現実を見ながら、沖縄の戦争から戦後の歴史を学ぶことが出来るでしょう。
首里城に行くのならば、琉球王国の歴史を学ぶでしょうが、そのさい琉球王国が江戸時代に薩摩藩の支配を受けつつ、清に朝貢していたが、それでも独立国だったという事実や、明治時代の「琉球処分」の意味(つまり琉球王国が日本に占領されたという事実)を学ぶことができます。さらにそこから、何故沖縄に米軍基地が置かれ続けているのかなど、現在の政治状況との関係についても学ぶことができます。

『琉球新報」の社説では、「触れ合いの場の創出 」を提案しています。確かにこれもイイですが、私としては修学旅行は、やはり沖縄の歴史を日本の若者が学ぶ機会として欲しいと思います。ですから、沖縄への修学旅行減少はとても残念です。

しかし今こそ、沖縄へ修学旅行に行くことは、とてもいろいろなことを考えさせることができると思います。全国の学校の先生方、ぜひ沖縄への修学旅行をご検討ください。特に、社会科の先生に頑張ってもらいたいです。きちんとした事前研修をやるためには、社会科の先生方の力が必要ですから。なんでしたら、私がプレゼンに伺いましょうか(笑)

2011年1月27日木曜日

「就活の映す「泥舟化する日本」」を読んで

今日1月27日のBLOGOSの、池田信夫氏のエントリーです。

学歴差別が激化しているという原因が、就活サイトにあったとは、盲点でもありましたが、納得でもあります。確かに、簡単に応募できますから、とにかく数撃ちゃ当たる方式で、めちゃめちゃたくさん送る学生がいるんだと思います。まぁ、だいたいそういう学生は、ことごとくダメなんでしょうけど。

しかし、サイトに原因があるということは、昔のようにOB・OG訪問を通して応募する方法にすれば、その方が企業としても良いのではないでしょうか。少なくとも素性が明らかですし、必要以上にたくさんの応募に混乱させられることもありません。ただ、この方法だと学歴の問題がクリアーできませんが。
しかし、現在のような、就職率の低い状態は解消されるでしょう。OB・OGを通じた応募を復活させる企業が出てきても良いのではないかと思いますが。

その学歴に関して、無名大学から有名大学院への学歴ロンダリングの話ですが、大学院に進学するのは、外部からの進学の場合、内部進学よりも厳しい条件の中で行いますので、大学への進学よりは難しく無いとはいえ、少なくとも進学のための努力をしているわけですし、昨今の大学でのAO入試などと違って、一定程度の勉強をしないと試験に受かりませんから、その努力は実績として評価しても良いと思います。
企業サイドも、もう少し大学を信用しても良いのではないかと思います。

ただ、高校名を見るというのは、なんともおかしな話です。それでは、高校はそれほどの進学校でないとしても、一般入試を使って大逆転で有名大学に入れた学生の努力はうかばれません。
高校名で判断されてしまうとなれば、中学校段階で、有名進学校へ進学しないと、きちんとした企業へは就職できないなんてことになるとしたら、ますます就職は難しくなり一方ですし、大学の意味が無くなってしまいます。

24日には、就職の動きを大学4年生の夏にすることを提案するニュースがありましたが、学生にもう少し勉強できる時間を与えていけるように、企業と大学双方で、検討していく努力が必要です。その辺をうまく機能させないと、大学、企業双方共倒れで、池田氏の言うように、日本は泥舟化していく一方だと思います。

2011年1月26日水曜日

「「自己本位」の時代」を読んで

BLOGOSに出ていた、1月25日の山口厳氏のエントリーです。

山口氏のご意見、もっともです。私もそう思います。

若者にこそ、これを理解してもらいたいのですが、しかし若者が「個人個人が「自己本位」と言う、自分だけの地図とコンパスを持つこと」ができるようになるのは、かなり難しいと思います。
早い時期からこれができる若者がいることも事実ですが、多くの若者はやはり理想的なものを追いかける ものです。

自分を振り返ればそうでした。頭では「人は十人十色」で、人と比べずに自分というものを出すことが大切であるということは理解していたつもりでしたが、つい雑誌などの文字に目が行くというのが現実でした。そのたびに自己嫌悪だったのを思い出します。

むしろ若者は、ある程度までは理想を追いかけることも必要です。しかしあくまでも程度の問題で、何時までも「青い鳥」を追いかけ続けるのはよくありません。どこかでそのことに気づく必要があります。 そのタイミングは、それこそ「十人十色」です。
私は、自分の場合がいつだったか覚えていませんが、20代後半に、かなり大きな仕事を任され、それをやり遂げた時だったような気がします。
その時に、自分自身の方向性が決まった、つまりコンパスができた時だったと思います。

それからは、その時持っていた「自分の地図」に、コンパスを頼りに新しい地図を書き加えていく日々でした。その作業はまだ進行中ですが、このごろになってやっと、若者に対して、「自分の地図とコンパスを持ちなさい」という言葉が言えるようになって来たように思います。
一部分でも自分の地図が人様に見せることが出来る程度のものができてきたということなのか、それとも年齢の問題なのか、どちらなのかは自分でもわかりませんが、とにかく「自分というものを持つことが大事」であると言えるようになってきましたし、実際に言うようになってきています。
ただしそう言っても、若者にとっては自分を持つことが難しいものだと分かっていますが。しかし、そろそろ、そう言わなければならない様な気がします。やはり年齢的な問題なのでしょうか。

2011年1月25日火曜日

『はじめての政治哲学 「正しさ」をめぐる23の問い』

はじめての政治哲学の教科書」として、「はじめて政治哲学に触れるひとのための入門書」として、本書は書かれています。

はじめに いまなぜ政治哲学なのか
第1章 自由をめぐる論争
第2章 民主主義をめぐる論争
第3章 差異と平等をめぐる論争
第4章 共同体をめぐる論争
第5章 対立をめぐる論争
おわりに 正しく生きるために
主な引用・参考文献リスト

功利主義、カント倫理学、リベラリズム、コミュニタリアニズムなど23のテーマを、比較的身近な問題を例題に説明されています。
入門書としては、必要十分だと思いますし、分かりやすく、読みやすいです。また、選ばれているテーマも的確だと思います。

内容もわかりやすいですが、かなり本格的な説明で、このくらいのことが分かっていれば、大抵の人には十分なのではないかと思えるほどです。高校の倫理の時間などに、部分的に取り上げても良いのではないかと思います。
仮に、もっと詳しく学びたい向きには、巻末の文献リストがあります。このリストの本は、ほとんど日本語で読めるものをリストアップしてくれていますし、比較的新しい本があがっていますので、このリストから手に入るものを読んでいけば問題なしだと思います。

昨年のサンデルブームは来るべくしてきたブームだと思っています。つまり、日本でもそろそろ本格的に政治哲学が広まり、定着していく時代になってきたのだということだと思うのです。そこで、今年は昨年のブームを受けて、日本に政治哲学が広まっていく、その始まりの重要な年なのだと思います。
そのためにも、本書はとても良い一冊だと思います。かなりオススメです。

『はじめての政治哲学 「正しさ」をめぐる23の問い』 小川仁志著
講談社現代新書 2010年12月  720円(税別)




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2011年1月24日月曜日

『宮本常一が見た日本』

2001年に日本放送協会出版から出されたものに、一章増補されて、2010年に文庫化されたので、購入しました。

本書の文庫版あとがきにもありますが、ちょうど2010年に宮本常一の代表作『忘れられた日本人』の英訳本が出版され、宮本常一の業績が初めて世界に紹介されました。たまたまそのことを何かで見て知っていたので、『忘れられた日本人』を読んだ者としては、宮本常一の足跡をたどるという本書もおもしろそうだと思ったわけです。

もうひとつ、宮本常一といえば、オリンパスのPENで写真を撮っていたということが有名です。十台以上のPENを使い潰して撮影された写真は、十万点にも及びます。そこまで徹底的にカメラを使い込んだ人間は宮本常一以外にはいないのではないかと思います。PENはハーフサイズカメラですから、その意味では「見るように撮る」宮本常一にはうってつけのカメラだったのでしょう。

宮本常一は、現在神奈川大学に入っている日本常民文化研究所の前進にあたる渋沢敬三のアチック・ミューゼアムに入り、全国を歩いたわけですが、本書はその宮本の足跡をたどったわけですから、本書自体の価値も大変重要なものだと思います。

また本書で注目されるのは、宮本ファンの官僚たちのインタビューや対談の部分です。その内容を受けて、著者の佐野眞一も書いていますが、「日本もまだ少しは希望がもてるかもしれない」と思わせられる発言が多いのです。

たしかに、ここに出席した官僚たちは霞が関の「多数派」とはいえないだろう。しかし、たとえ「少数派」であろうと、霞が関の制度疲労をこれだけ正直に語る官僚たちが出てきたことは、やはり素直に評価すべきことではなかろうか。」と著者は書いていますが、本書の初版が出てから十年が経っていますが、残念ながら事態は改善されたとは言えません。今でもおそらく心意気のある官僚はいるはずですが、残念ながらやはり未だに「少数派」で、霞が関を変えることが出来ないのでしょう。

今改めて宮本常一の思想を振り返ると、特に離島振興に関する考え方などは、今こそ必要な考え方なのではないかと思うのです。
宮本常一の考えを「沖縄問題」に当てはめて考えてみると、今の沖縄にこそ、宮本的発想が大切なのではないかと思わざるをえません。

このタイミングで、本書が文庫化されたことの意義はとても大きいなものがあります。多くの方に読んで欲しい一冊です。

『宮本常一が見た日本』 佐野眞一著 ちくま文庫 2010年5月 950円+税



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2011年1月23日日曜日

「金をつぎ込んでも教育はよくならない」って、どこの国も同じ

BLOGOS financeで、wasting time?氏がイギリスの大学に関する話題を取り上げています。

イギリスでも、ブレア政権時代に、大学進学率を上げる取り組みを行い、昔の専門学校が名称だけ大学に変わったというところも多いということで、大学生とは呼べない大学生が大量に増えているということのようです。
日本でも短大が4年制大学になったり、新設校や学部・学科の新設が相次ぎ、大学の定員が増えたことと、高校生の数が減少した結果、いわゆる大学全入時代になり、水準が下がったと言われるのと同じような状況にあるようなのです。

アメリカの研究では黒人の生徒と白人の生徒の機会均等を実現するためには黒人の生徒に白人の生徒よりも6-8倍のお金を投入しないといけないという研究結果がある。(なぜなら学校に対する支出と成績の相関性が高くないから)」

という研究を紹介して、タイトルにある「金をつぎ込んでも教育はよくならない」ということなのです。
高校授業料無償化なども、アメリカの研究からするとあまり効果がないらしいと述べられていますが(高校授業料無償化に関しての私の意見はこちらにエントリーしてありますが)、確かにその通りだと思います。
このようなバラマキはあまり意味がないと思っていますが、ただある程度は教育にお金をかけないと、それはそれでよくないということもおわかりだと思います。ご存知の方も多いと思いますが、東京大学に進学する学生の親の平均年収はかなり高いという結果があります。昨年はやったマイケル・サンデルの白熱教室でも、ハーバード大の学生の親も平均年収が高いという話題がありましたね。

たくさんつぎ込めば、それだけ効果があるということはありませんが、やはりあまり教育にお金をかけられないというのは、子どもの学力に良い結果をうまないということは言えると思います。
ここ数年の不況の影響で、力のある女子生徒などが、親の経済的な理由ゆえに、県内の大学に進学するケースが多いのです。静岡県内ですから、当然レベルはそれほど高い大学はありませんし、選択肢も限られますから、せっかく力を持っているのに、その子の本来の力よりも数段低い大学に進学していくのです。
確かにいわゆる「いい大学」に進学したからといって、昨年の就職の問題にもあるように、必ずしもそれが良いとは限りませんが、しかしやはり「いい大学」と言われるところにはそれなりのものがあると思います。

やはりある程度、庶民レベルでも景気の回復を実感できて、教育のお金を回せる家計になるような状況を作り出していける政策をうち出して欲しいですね。あまり今の政権には期待できないですけど・・・・・。

2011年1月22日土曜日

イギリスBBCの二重被爆者を取り上げたお笑い番組の問題について

問題の番組は、BBCのHPで、まだ見れますし、YouTubeにもアップされています。
抗議を受けて謝罪したというのに、BBCがHPからまだ削除していないということは、BBCが日本からの抗議をよく理解していないんだと思います。

問題になっている番組は、基本的にはお笑い番組です。何故司会者たちがアロハシャツなのか、そもそもそこから理解がしがたいですので、完全に低俗なお笑いを提供しているのは明らかです。
従って、そこで二重被爆者が取り上げられ、司会者や聴衆から笑いが出るのは、そもそもレベルの低い人たちの集まりなんだということが大前提です。

日本人としては当然の抗議ですが、すでに60年以上も昔の話で、アメリカならまだしもイギリスですから、庶民レベルにおいては原爆の問題がすでに忘れられているのかもしれません。

日本のメディアでは、ニュースとしてはテレビや新聞で取り上げられましたが、日経新聞が社説でかなり厳しい論調で取り上げています。
他の新聞が社説で取り上げない中、なぜ日経だけが扱っているのかも疑問ですが、日経でも社説に経済以外の問題を取り上げることもあるんですね。日経もたまにはやりますね。

ただ、今のところ他ではそれほど盛り上がっていないように思います。
しかし、もっとこの問題をアチラコチラで取り上げるべきです。内容は、BBCの姿勢には問題があるというのはもちろんですが、メインは二重被爆者の問題やそもそも原爆の問題を、改めて考えるきっかけにしなくていけないと思います。

イギリスでの認識の薄さもさることながら、日本でも直接の体験者がほとんど亡くなっている今、正しい情報を正しく語り伝えていかなくてはならない時代になっています。
今の中学・高校生が二重被爆者について知っているとは思えません。広島と長崎に原爆が落とされた、第五福竜丸がアメリカの水爆実験の巻き添いを受けて久保山愛吉さんが亡くなったなどの事実は、歴史や公民などで扱われますが、年間の授業の中でのウエイトはそれほど大きくないわけですから、子どもたちがどれくらいの知識を持っているのかは、かなり怪しいと思います。
その意味では、先日の大学入試センター試験日本史Aで、ゴジラが取り上げられたのは、意味のあることだと思います(こちらは、そのことを伝える毎日の記事。日本史Aの問題は、こちらで御覧ください)。

BBCへの抗議も大切ですが、これを機に改めて原爆について語る機会とすることで、日本人として正しい歴史を学び、後世にきちんと伝えることができるようにしましょう!

なお、この問題について、BLOGOSでも木走正水氏ESQ氏が取り上げていますので、こちらもぜひお読みください。

2011年1月21日金曜日

『COURRiER Japon』 Vol.075 FEBRUARY 2011

特集は、「2011年、世界はこう変わる。」ですが、世界中の主要なメディアから集められた情報ですから、予想内容もかなり信ぴょう性の高い内容ですが、果たしてどれくらいあたるでしょうか。

ジェフリー・サックスの予想どおり、5つの不均衡を是正して、2011年は幸福の時代になるでしょうか。
ロジャー・コーエンが語っている、「可能性」が2011年のキーワードになるでしょうか。

イスラエル人作家アモス・オズとパレスチナ人哲学者サリ・ヌセイベの対談記事は、パレスチナ問題に疎い日本人は、ぜひ読むべきです。

環境問題について語っている、スラヴォイ・ジジェクの記事も見逃せません。個人的には、今もっとも戦闘的な思想家がジジェクだと思っていますが、昨年ちくま新書から『ポストモダンの共産主義―始めは悲劇として、二度めは笑劇として」が出ていますので、この記事に興味を持ったら、ちくま新書の方も読んで見ると良いですね(といいつつ、私は机の横に積ん読ですので、これから読みます)。

もうひとつ、「2010 見落とされがちだった「世界の10大ニュース」という記事がありますが、そこに、「今後の世界の動きを読むうえで欠かせない情報は案外、小さな扱いのニュースのなかにある。」と書かれているのですが、まさにその通りだと思います。
最初に上げられているインドネシアの経済発展などは、今後の世界経済を読んでいく中でとても大切です。

本書最後の部分に、ウィキリークスに関する記事があります。様々な文書がウィキリークスによって公開されてしまっていますが、さてその影響は2011年の今年、どのように出るのでしょうか。大変気がかりな問題の一つですね。



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2011年1月20日木曜日

『週刊金曜日』2011年1月14日 830号

特集は、「ウェブ時代のメディアリテラシー」です。

これは、とってもタイムリーです。先日のチュニジアの「ジャスミン革命」がまさにそれですからね。
また8日にアメリカ西部アリゾナ州トゥーソンで起きた銃乱射事件での誤報も同じです。

つまり、THINKING「O」8号で話題になっていた「ミメーシス」(これについてのエントリーはこちら)なわけです。

だからこそ、「ウェブ時代のメディアリテラシー」は大変重要ですが、同時に大変難しいわけです。

西垣一通氏が指摘しているように、検索リストで上位に来るものが必ずしも重要なものとは限りませんし、それが正しいとも限りません。しかし、我々はどうしてもそのようなものに興味がわきますから、さらに閲覧が増えて、検索の上位であり続けるわけです。 またそれを見た人は、上位にある情報が世の中の大半の意見であると勘違いします。人によっては、それを鵜呑みにするかも知れません。結果、「強者の発言力がますます強まる」ということになるのです。

三橋順子氏と日隅一雄氏の対談の中で、日隅氏は「日本の討論番組に欠けているのは、こうやって二人で一つのテーマを深く話さないことです。何人もが細切れに発言していく。そうするときちんと考えることができない。」と発言しています。これはツイッターと同じなわけで、三橋氏も「ツイッターはつぶやくもので議論するものじゃない。でも、結構議論している人もいるんですよ。どう考えても一四◯文字で議論が深まるとは思えない。」 と述べています。確かに、わずか140文字です。短いやりとりでは議論が深まるどころか、むしろ流されて行ってしまいます。薄っぺらい議論だけが、だらだらと続くことになるわけです。

このような中で、今一番必要なメディアリテラシーとは何か言えば、白石草氏が述べているこの言葉でしょう。
自分たちで社会を変えていけるという当事者意識を持ち、自分で考え自分の言葉で身近な問題をきちんと誰かに伝えるという言論の原点を確保することではないでしょうか。

この他の記事でおもしろかったのは、北原みのり氏が「トイレの神様」に触れている記事です。基本的な意見は、私も北原氏と同じです。何故、このような歌がこんなにヒットしたのか?「トイレを綺麗するといいことがあるよ」というのは昔から言われていることですし、どこかの学校ではトイレ掃除を率先してやることで、教育効果が上がっているという話もあります(トイレ掃除運動(?)を推進している団体もあるようです)。お寺でもトイレ掃除は大切な修行の一つとされています。

しかし、この歌が流行ったからと言って、トイレ掃除の洗剤が爆発的に売れるようになったとかは聞きませんし、トイレ掃除の道具が必須アイテムになっているわけでもありません(笑)

そりゃ、きれいなトイレは気持ちいいですし、私にとってはトイレは落ち着いて物を考えることができる大事な場所なので、ウチの女房がトイレ掃除を熱心にやるようになったことは良いことですが(笑)

日本国民は、この歌に一体何を求めているんでしょうか?
私としては、東京八王子の「萌え寺」、了法寺の、お釈迦様の生涯を朗読した「とろ美」の新曲、「がうたま・れじぇんず」の方が「アジア的カオスの力」を感じることができて、「日本再生」の原動力になるのではないかと思ったりします(「がうたま・れじゃんず」って一体どんなのなんでしょう?笑)。

2011年1月19日水曜日

2011年度大学入試センター試験 世界史B及び地理Bについて

これらは私の経験が少ない科目ですので、それほど細かくはコメント出来ません。問題は、大学入試センターのHPで確認ください。

世界史Bも、日本史B同様に政治史が減って、社会経済史や文化史が増えました。世界史Bでは、昨年もそのような傾向にありましたが、今年も引き続いたというわけです。
また、ヨーロッパ史が増えて、アジア史が少なくなったというのも、今年の特徴です。特に最近多かった東南アジアからの出題がありませんでした。
前近代史と近代史は、ちょうど半分くらいづつの出題ですので、バランスの良い出題だったと思います。
全体的には、昨年同様のレベルといった感じでしょうか。

第1問のAは、エジプトで発見された2世紀の手紙からの出題ですが、このような資料から出題されるというのは、すごいですね。さすが世界史です。Bも16世紀のイギリスの手稿資料と印刷物の写真がリード文に出てきます。これもおもしろいです。まぁ、問題には関係がない資料写真ですが。

第2問は宗教、第3問は暦です。第3問のCは中国近現代で、戦後まで出題されています。昨年も中国は戦後まで出ましたね。なお、42ページ、第3問Cのリード文の所の写真のキャプションの字が間違っていて、訂正されています(「南京紫山天文台・・・」→「南京紫山天文台・・・」)。
また、第4問は異文化接触でした。

地理Bについては、職場の地理の担当者に話を聞きましたら、例年通りの難易度のようです。私が見た限りでも、標準的な問題がほとんどのように思います。
第4問の地誌ではアフリカが出題されました。アフリカは久しぶりの出題ですね。
第6問の地域調査は佐賀県ですが、佐賀県ならではという問題が少なかったので、取り組みやすかったのではないでしょうか。

地歴、公民全体の今年の特徴として言えることは、経済が多く出たということではないでしょうか。ここ数年の経済状況を踏まえているのかはわかりませんが、世の中全体で経済的な話題が多かったことは事実なので、受験生もその辺を知っておいて欲しいという思いなのかもしれません。
ただ、一般的に高校生くらいの若者は、経済が苦手です。それを考えると、やはり高校でもう少し経済的なテーマを授業で扱う必要があるのかも知れません。今からちょっと考えて、4月からの授業に反映していきたいと思います。

2011年1月18日火曜日

2011年度大学入試センター試験 倫理について

今日は、倫理についてです。問題は、大学入試センターのHPからどうぞ。

全体的に、今年の倫理は問題とかの文章量が多いなぁという印象です(ちゃんと数えたわけではありませんので、あくまでも問題を解いたときの印象ですが)。そのために、時間がかかったという受験生もいたのではないかと思います。

第1問は青年期の心理に関する問題です。例年通りのお約束ですね。どの問題も、問題文をしっかり読んで、論理的に考えていけば、特に知識がなくても解ける問題が多いです。
問3のグラフの読み取り問題も、ちょっと長いですが文章をよく読んで、これもちょっと多いですがグラフをよく見れば、答えることができる問題です。ただ時間がかかったかもしれませんが。

第2問は東西源流思想に関する問題です。これもオーソドックスで、孔子、イスラーム教、イエス、ブッダなどは教科書レベルの知識で十分に解答できたでしょう。
やや難しいのは、問1のプラトンの著作(『パイドン』)についてでしょうか。高校生では、『パイドン』まではやっていない者が多いかもしれませんので、正解率は低いかもしれないですね。
しかし、それを除けば点数がとれる問題だったと思います。

第3問は日本思想の問題です。「他者への善行」をテーマにした問題ですが、古代から近現代まで幅広く出題されています。ただ、どれも標準的なものなので、基本事項をしっかり学んでいた受験生なら、とくに難しいこともないでしょう。

第4問は西洋近代思想の問題です。「寛容」をテーマにした問題で、問2のボッカチオの『デカメロン』の資料読解問題は、資料が長いので、やや時間がかかったでしょうが、よく読めば分かるはずです。
問6のロックの寛容思想も、一見難しく見えたと思いますが、問題文中に出てくるヒントにさえ気づけば、寛容思想が分かっていなくても解答出来ます。
この問題は、全体的に易しかったと思います。

第5問は「友情・公平・連帯」をめぐる、現代社会の諸問題に関する問題です。
問1のサン=シモンとフーリエの思想の違いを理解できている受験生はあまり多く無いのではないかと思います。
問4のグラフの読み取り問題、問5の資料の読み取り問題は、読み取りの力が必要で多少時間がかかったかもしれません。ただ、きちんと問題文を読み込めれば、解答できたと思います。

今年の平均点も、高得点が期待できるのではないかと思います。最初に述べたように、ちょっと文章量が多い感じがしますので、時間が足りなくなりそうで慌てた受験生もいた事でしょうが、慌てないでじっくり取り組めば、かなり得点できる問題だったと思います。
倫理は、高校生にとって取っ付きにくいかもしれませんが、しっかり勉強すれば良い点数が期待できる科目ですね。

2011年1月17日月曜日

2011年度大学入試センター試験 政治・経済について

今回は政治・経済です。問題は、大学入試センターのHPで見て下さい。

今日、政治・経済を取り上げるのは、職場で政治・経済の先生と問題を見ながら、「今年は易しくなっているね。」と、意見が一致したからです。
昨年はちょっと難しかったのですが、今年は易化したと言えると思います。

第1問は「財・サービスの自由および労働や資本の自由な国際移動」がテーマで、政治分野と経済分野の総合問題です。やや難しい問題がいくつかあり、全体としては難しい出題です。
問3は労働市場の需要曲線と供給曲線のグラフで、このようなものはあまり出てきたことはありません。見慣れない問題なので、基礎的な知識というよりは応用力が問われる問題です。ちょっと難しいですね。
問7は「比較生産費説」についての出題ですが、かなり難しく、センター試験らしくない問題です。難関私大なら出てきそうですが。よほどしっかり勉強した受験生でないと、この問題は出来ないでしょう。
問10は「ゲーム理論」の出題ですが、ゲーム理論が分かっていないと、解けないですね。私、ゲーム理論がわかっていないので、出来ませんでした(笑)ゲーム理論の初歩が分かっていれば、できる問題のはずですが。

第2問は衆議院と参議院をテーマにした問題です。
問5は近年の「ねじれ国会」」について、時事問題をやっていれば難しくないです。
この部分、私が今年度の現代社会で取り上げた内容と、まさに同じでした。時事問題的要素の強いスタイルで現代社会の授業をやっていたので、「ねじれ国会」などもやりましたし、その延長線で問1のアメリカとイギリスの制度、問2に衆議院の優越、問3はもともと私が日本史専門ですので触れましたし、問4、問6も現代社会でやりました。やっていないのは問7の「情報の収集や発言の自由」くらいですが、これも三権分立で考えればわかるはずですし、全体として易しい問題だと思います。

第3問は政治分野と国際政治分野に関する問題ですが、教科書レベルの基礎知識でほとんどの問題が解けると思います。これも全体的に易しいですね。


第4問は資本主義の発展と経済思想がテーマの問題で、センター試験としては珍しい問題です。全体的に世界史か倫理の問題かと思わせるほどの歴史色の強い問題ですので、政治・経済のイメージからだと面食らうかもしれません。ただ、問題は基本的事項です。
問2はアダム・スミスの『国富論』ですので、やや難しく感じたかもしれません。
問3は売上高のシェアの図の読み取りで、一見難しく見えますが、ポイントとなる45度線を意識して読み取れば大丈夫だったはずです。
問5は金本位制と管理通貨制について理解できていればわかるはずです。

第5問は経済分野の総合問題で、国際経済を含む、日本経済の現状と課題についての出題です。幅広い知識を要する、やや難しい問題だと思います。
問6は公共投資と公的社会支出の図ですが、よく考えればなんとかなったはずです。

最初に述べたように、全体の感じは昨年よりも易化していると思いますので、平均点も昨年の59.2点よりは、良くなると思います。

2011年1月16日日曜日

2011年度大学入試センター試験 現代社会について

日本史Bに引き続き、現代社会についてコメントします。問題は大学入試センターのHPで確認して下さい。

なぜ、現代社会を取り上げたのかというと、もうすでに新聞でご存知の方もいらっしゃると思いますが、問題にプリンセス・プリンセスの『Diamonds』が取り上げられたからです(その記事はこちら)。 プリンセス・プリンセス、通称プリプリはバンドブームの当時、ガールズバンドで最も成功したグループですので、40代以上の方には、よくご存知の懐かしいバンドだと思います。
『Diamonds』以外には、『世界でいちばん熱い夏』などが有名ですが、個人的には、なんといっても『M』ですね。1988年リリースのアルバムからのカット曲で、『Diamonds』のB面だった曲ですが、ドラムスのきょんちゃんこと富田京子の実体験を元に書いた詩に、かおりちゃんこと奥田香(現在は俳優岸谷五朗の奥さんです)が曲をつけたもので、失恋した女の子の切ない思いをしっとりと謳い上げた名曲だと思います(その証拠に、いろんな人がカバーしています)。

あっ、プリプリの話で本題を忘れるところでした(笑)

今年の現代社会の問題は、各分野からまんべんなく出題されていて、バランスのとれた良い問題だったと思います。例年通りの知識を問う問題がほとんどでしたが、4つの文章から正解あるいは間違いを選択させる問題が多かったので、それほど難しいとは思いません。

第1問は、広く現代の日本の諸課題について、経済を中心にしていますが、総合的な問題として出題されています。
問4は表からの読み取りの問題ですが、慌てずにきちんと読みこめば特に難しくないはずです。
問7は臓器移植法の改正に関する出題ですが、昨年はその法律による臓器移植が相次いで行われ、ニュースで取り上げられていましたから、時事問題対策をしっかりしていた生徒は大丈夫でしょう。私としても、やっぱり出たなぁという感じですが、実は私自身はまだ授業でとりあげていなかったりして(笑)やらなきゃ。
問8はエネルギー問題ですが、コージェネレーションの言葉が難しいかもしれません。

第2問は、 国際社会の諸課題に関する問題です。
問5で「調べ学習」の問題が復活しており、グラフでたじろいだ生徒もいるだろうと思います。じっくり考えればわかるはずですが、ビビってできなかった生徒もいるはずです。その他は、ニュースを見ていればヒントになるような事柄が出てきた問題なので、標準的なレベルだと思います。

第3問は、地域社会の諸問題に関する問題です。
問1は思想史の問題なので、出来なかった生徒が多いはずですが、正解はリースマンなので難しくはありません。
問2はゴールドプランについての知識を問う問題ですが、これは古いので知らない生徒も多いでしょう。私自身も授業ではもう触れないことが多いですから、出来なかった生徒が多いのではないでしょうか。
問5は地方財政の歳入構成のグラフですが、「地方税」、「地方交付税」、「国庫支出金」の割合の順番は悩んだ生徒が多かったはずです。正直言って、問題をパッと見たとき、私も最初間違えました。
問6も迷った生徒が多いはずです。解答の選択肢が8つもあって、かなりきちんと問題文を読み解いていかないと解答できなかったでしょう。
問8もグラフの読み取りですが、グラフが少し分かりづらかったような気がします。

第4問は青年期と情報社会に関する問題です。
問1は学説と人名を正確に覚えていないと解けない問題ですので、難しいと感じた生徒も多いと思います。
問5は対人関係上の権利侵害に関わる出題で、現代的課題の内容なので、関心を持っていた生徒にとっては難しくなかったはずです。

第5問は日本企業に関する問題です。株式会社に関連して広く出題されているので、経済分野が苦手な生徒にとっては難しかったでしょう。

第6問は地方自治と環境に関する問題です。
問3は「「法定受託事務」、「機関委任事務」、「団体委任事務」の区別がきちんと付いていないと解けないので、難しいと感じる生徒が多かったと思います。特に「機関委任事務」は1999年制定の地方分権一括法により廃止されたものなので、なおさら分かっていない生徒もいたと思います。

全体としては平年並みといったところだと思います。平均点も昨年が58.76点なので、同じくらいになるのではないでしょうか。

2011年1月15日土曜日

2011年度大学入試センター試験 日本史Bについて

今日1月15日は、センター試験1日目で、公民、地理歴史、国語、外国語の試験が行われました。

公民、地理歴史の問題のうち、まずは日本史Bから目を通しましたので、ちょっとコメントします。
なお、問題は大学入試センターのHPにアップされています。

第1問は、「明かりと燃料」をテーマにした通史で、大学生の姉と高校生の弟の会話による出題となっています。高校日本史の授業では、このようなテーマの授業はほとんどやらないと思いますが、設問自体は社会経済史の基本的な問題がほとんどなので、それほど難しい問題ではないと思います。
ここ数年、この問題のような会話形式の出題が続いていますが、実際にこのようなやりとりをする高校生がいるのでしょうか?
6問中、問1・2は古代、問3は中世、問4は近世1つ、近現代1つ、問5・6は近現代の出題でした。

第2問は、原始・古代の政治・宗教に関する問題となっていますが、実際には原始からの出題はなく、古代の文化・社会経済史からの出題でした。
問1・2は古墳時代の文化史、問3・4は奈良時代からの出題で、特に問3は写真と語句の組み合わせの問題ですが、サービス問題なのではと思えるくらい、誰が見てもわかると思われる出題です。問4も史料を読んで、三世一身の法であることを答える問題ですので、難しくないと思います。問5・6は平安時代からの出題ですが、これも標準的な問題です。

第3問は、中世の政治・社会・文化に関する問題で、Aが問1が平安時代後期、問2が鎌倉時代、問3が室町・戦国時代です。問3は問題文を読んで、その所在地を地図で示している記号との組み合わせですが、Xは寧波、Yは対馬なのですが、最近の高校生は地図が苦手なので、仮に対馬は分かっても、寧波はわからない生徒もいると思います。ただ、ここで使われている地図は数年前にも同じ地図が使われたことがありますので、過去問をやっていれば大丈夫でしょう。Bは『洛中洛外図屏風』がリード文には出てくるのですが、各問とはからんでいないので、『洛中洛外図屏風』と見てパニクらなければ、標準的な問題です。

第4問は、近世の外交・政治・社会に関する出題です。政治的な出題がほとんどですし、Bで2つの史料が出てきますが、標準的な問題だと思います。

第5問は、近代の問題ですが、金子堅太郎を題材とした政治・経済の問題です。問2で、1880年代後半から1890年代の企業勃興の、コンツェルンについての出題があったが、高校生はこの辺を苦手とする生徒が多いように思われますので、この問題は難しいと感じた生徒は多かったのではないかと思います。しかし、他はそれほど難しくないと思います。

第6問は、日露戦争後から戦後までの経済・社会に関する問題です。リーマン・ショック以降の現代を反映したのか、問3は関東大震災後から金融恐慌、昭和恐慌が出されました。問5・6・7・8は戦後からの出題で、内容が経済史なので、やや難しいと感じた生徒がいたのではと思います。

結果的には、全体として、標準的な問題が多かったように思います。政治史に比べ、経済・文化史が多かったのが特徴ですね。経済・文化史は苦手としている生徒は多いのではないかと思いますが、それほど難しい問題ではないので、平均点はそれほど悪くないと思います。

次回以降のエントリーも、センター試験の公民・地理歴史に関して、数回にわたってコメントしていくつもりです。

2011年1月14日金曜日

『玉の井 色街の社会と暮らし』

永井荷風の『濹東綺譚』で有名になった街「玉の井」。その姿は永井荷風の文才のために、戦前の場末の私娼窟としての真の姿ははっきりとせず、ただ叙情的な美しさのみで読み進めることができるので、今でも永井荷風のファンの間でも人気の高い街のようです。

その「玉の井」の真実の姿を明らかにしようと、綿密な取材をもとに構成されているのが、本書です。
対象とされた時代は、「赤線」となった戦後の、移転後の「玉の井」ですが、関係者に聞き取りをした上で書かれた書籍ですから、戦後社会史、戦後風俗史としての価値がとても高い一冊になっています。

カフェーの経営者を丹念に調べ上げ、詳細なカフェーの実態を明らかにしているのは、もっと大きな「赤線地帯」ならまだしも、地元の自治体史ですら詳細には記載していない、東京の東の小さな元「赤線地帯」を、ここまで丁寧に調べ上げているのは他にはないでしょう。赤線地帯「玉の井」について、これ以上の本はありません。

本書を読んで、「赤線」の認識を新たにしました。大変勉強になった一冊です。

【一】玉の井との出会い
【二】玉の井とはどんな街だったか
【三】玉の井の経歴―戦前戦後
【四】赤線の成立と遍歴
【五】経営者について 【六】カフェーについて 【七】組合について
【八】カフェーの経営について
【九】女給について
【十】悲しい手紙
【十一】生活環境について
【十二】赤線廃止後の玉の井
【十三】その他の出来事、など

 

『玉の井 色街の社会と暮らし』  日比恆明著 自由国民社 2010年10月 2800円+税




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2011年1月13日木曜日

就職難の学部選び

今週末はいよいよセンター試験です。
就職難に配慮して、理系や教員養成・看護系の希望が多く、法・経済学部の希望が少ないと傾向にあるという記事が、今日1月13日付け日経WEB版に「大学学部選び、にじむ就職難 教育・医学「資格」人気 法・経済はダウン」として出ています。

昔から不況時には、就職に有利とされる理系に人気がありますので、ここ数年は理系人気が続いていますが、今年も同じ傾向のようです。
理系人気はわかるのですが、教員養成系学部が人気があるというのは、いまいち納得がいきません。確かに団塊の世代の方々が大量に定年を迎えるここ数年は、教員の採用数もそれまでよりも多くなっている地域もあるようですが、それほど極端に採用が増えている訳ではありません。資格としての教員免許は、採用されなければ何の意味もない資格ですから、取っておけば役に立つというものでもありませんので、何故人気になるのかが理解できません。保護者の方々は何か勘違いしているのではないでしょうか。

団塊の世代の大量定年による人手不足を補う手段として、講師で補っているという地域が多いはずです。定年した先生方を再任用として来てもらったり、若い教員希望者を講師として来てもらったりして、正規の教員の不足分を穴埋めしているのです。再任用の方なら学校のことがよくわかっていますので来てもらう方としても安心ですし、若い教員希望者なら本人は修行のつもりでやってくれるので、いろいろなことをお願いできて、正直言って便利ですし、代わりの人間は多いですので、人材には困らないのです。

教員希望で教員養成系の学部に進学しても、採用試験の時にとんでもない倍率になるのは明らかなのですが、そこまで理解出来ていないのかも知れません。私が採用になった17、8年くらい前、バブルがはじけてその影響が出始めた時期ですが、確か100人くらい受けてたった3人しか採用されなかったりしました。さらにそのあとの時期はもっとすごい倍率になっていました。一時、多少良くなった時期がありますが、ここ数年の不況でまた人気が上がってきているようですので、採用試験はますます厳しい競争になってしまうわけです。優秀な人材が教員希望に回ってくる可能性が増えるという意味では良いのかも知れませんが、どうなんでしょう?

法学部は、新しい司法試験制度の関係で人気が落ちており、弁護士が過当競争になるといって敬遠しているようですが、確かにすでに過当競争になっていますので、その判断はただしいかもしれませんが、こちらの方へ優秀な人材が集まらなくなるというのは問題だと思います。逆に、人気が落ちているので、積極的な弁護士希望者には有利になるわけですが。

代ゼミ入試情報センターの統括本部長さんが、「経済学部卒でも良い企業に就職できる保証はない、と考える受験生が多い」と指摘していますが、どの学部でも、良い企業に就職できる保証などありません。「経済学部でもダメだから」という認識で経済学部を敬遠する受験生が多いのだとすると、彼らが就活するときは、昨年などよりももっと厳しい就活になるような気がします。

どうも受験生もしくはその保護者の認識は、全体的に間違っているような気がします。確かに経済的に厳しく、確実そうなところを選ぶ気持ちはわかりますが、その「確実そう」という判断が、かなり現状を踏まえていない、なんとなくの予測のもとでの判断が多いのではないでしょうか。数年後がかなり心配に感じるのは、私だけでしょうか。

まぁとにかく、今年のセンター試験の問題はどんな感じなんでしょうか。この週末は全国的に厳しい寒さになりそうですので、受験生のみなさん、カイロなど防寒対策を十分にして、天候の影響などで時間がかかりそうでも慌てずにすむように、時間にゆとりを持って会場に向かいましょう。

2011年1月12日水曜日

新学習指導要領はPISA対応型?

今年の4月から、小学校での新学習指導要領が全面実施となります。学力向上を目指した新学習指導要領では、小・中学校の授業時間数が現在よりも増えるため、公立学校関係者の間では、土曜授業の実施を求める声が少なくなかったため、昨年1月には東京都が月2回までの土曜授業実施を認めたことは、ニュースにもなりましたので、ご存知の方も多いと思います。その時、他にもこの動きに続くところが出てくるのかと思われましたが、実際にはそういう自治体は出てきませんでした。しかしここに来て、土曜授業実施を表明するところが出てきました。
この動きについて、「Benesse教育情報サイト」の教育動向トピックスに1月11日付けで、土曜授業に「復活」の動き 授業時間増、猛暑も影響!?」と題した記事があります。

記事によると、「都内では現在、ほとんどの公立小・中学校が何らかの形で土曜授業を実施している」ということのようですので、今年4月以降の土曜授業は特別に新しいことでもないようですが、他の地域ではどうなんでしょうか。土曜日が授業日というのは、私が子どものころは当たり前でしたし(半日でしたので、「半ドン」って言っていました 。)、自分が教員になった最初のころは土曜日は勤務でした。それが隔週になり、週5日になりましたので、今では土曜授業はかえって新鮮な感じがします。
ただ土曜授業になると、中学校の部活動や、小学校のスポーツ少年団の活動に影響が出るでしょうね。そのへんはどうするのでしょうか?でも、昔はそれが当たり前で、そのなかで部活動やスポーツ少年団の活動をしていましたから、30代以上の人にとっては、自分たちが子どもの頃に戻ったと思えば、特別なことではないでしょう。

そうまでして実施する新学習指導要領は、「PISA型学力」の育成を目指していると言えるものです。PISAは、授業で習ったことそのものではなく、その知識を使って実生活にどれだけ活用できるかを問う問題が出題されます。つまり、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」と呼ばれる能力です。「リテラシー」とは、「活用能力」のことですから、学校で学んだ知識をもとに、「自ら考え、問題を解決する力」を身に付けることが、新学習指導要領で求められていることなのです。このことについても、「Benesse教育情報サイト」の教育動向トピックスに1月6日付けで、「「PISA型学力」本格育成へ 小学校で新指導要領スタート」と題した記事があります。

 ですから、新学習指導要領の成果を知る指標として、今後ますますPISAの順位が気にされる様になるでしょう。今まで以上に、PISAの順位に一喜一憂するのかと思うとちょっと引きますが・・・・・。
「Benesse教育情報サイト」の記事には、「PISA型学力を育成することは、何も国際的な順位を上げるためではありません。全国学力テストにしても同じことです。」と書かれていますが、はたしてそうなるでしょうか。全国学力テストって、結局PISAのための模擬テストだったわけですから、新学習指導要領がPISAの国際順位を上げるために導入されたんだと思い込んで実施する人がほとんどなのではないでしょうか?もし、そう思う人がそれほど多くなくても、昨年のPISAの結果に対する反応を見ると、PISAの順位を上げることに夢中になる向きがあるように思うのですが・・・・・。

昨年のPISAの結果を報じた新聞にあったように、「読解力」や「考える力」を養うためには、新聞を読むことが良いという報道がありましたが、新学習指導要領には新聞を活用する内容があります。NIE関係者の間でも期待する声が多いようですので、私もNIEの実践者として、小学校・中学校に負けないように、今まで以上にいろいろと工夫をしていきたいと思っています。

2011年1月11日火曜日

コスト削減第一ではうまくいかないこと。

今日(1月11日)の日経WEB版に、「英語教育強化も・・・「外国人先生」直接雇用に壁」という記事が出ています。

今まで、多くの地方教育委員会では、外国語指導助手(ALT)は民間への業務委託がほとんどだったのですが、労働者派遣法の規定では、業務委託しているALTに学校の教員が直接指示できない決まりになっているため、直接雇用に切り替えるようにして欲しいという現場の要望が多いということです。今春から小学校でも英語が始まるために、その確保に頭を痛めているということなのです。

これと同じような事例を経験したことがあります。
発掘現場で仕事をしていたころ、法律の規定により作業員さんに対してこちらが直接指示を出せず、現場監督を通して指示をするという、大変ややこしい状態になるために、指示がきちんと伝わらなかったり、指示内容を現場監督がきちんと理解できなかったために、こちらの要求とは違う作業をされてしまったりと、大変だった記憶があります。
何故、こうなったのか。それはコストが安くなるということにつきます。労務管理やなんやらの煩わしい作業から解放されるというのがその時の理由だったのですが、実行後はかえって煩わしさが増したというのが実情でした。

記事を読む限り、ALTの問題も私が経験したこととほぼ同じようです。

しかし、コスト削減を第一だけで民間に業務委託すると、このようにかえって不便だったりすることが多いということがあります。ましてや、学校教育の現場において、教員を補助するためにいる人物に、教員が指示を出せないなんて、ALTがいる意味がありません。

教育や研究などはコスト第一ではうまくいかないことが多いのではないかと思います。しかし、現実日本ではそのようなところにあまりお金をかけません。将来の人材を育成することが目的だったり、将来に向けての開発が目的だったりする部署に、無駄遣いは慎まなければいけませんし、節約はするべきですが、必要なことにまでお金を使わないと削減したつもりが逆に無駄になったり、結局は削減の努力が活きないということは、大いにありえます。

この記事にあるALTの問題は、当然直接雇用にするべきです。教育委員会の然るべき部署の人間が、きちんと面接をして学校現場でALTとして活躍できる人物を採用するべきです。英語を母国語としている人物だからといって、教育現場で使えるとは限らないわけですから。我々日本人が全て日本語教師になれるわけではないのと同じです。

本当に英語教育をきちんとやる気があるのならば、ALTくらい直接雇用しましょう。そこで手間暇を惜しむようでは、小学校での英語教育もうまくいくとは思えません。

2011年1月10日月曜日

朝日新聞GLOBEより、「プロとアマの違い、混沌の時代の「写真の力」」

1月10日付け朝日新聞GLOBEは、特集「写真は死んでいくのか」の「01 デジタル化の波」です。

写真撮影はかつて、高度な技術と高額な機材が求められる非日常的な行為だったが、環境が一変したいまはきわめて日常的なものになっている。言い換えれば、プロフェッショナルとアマチュアの違いが見分けにくい混沌(こんとん)とした時代なのだ。

担当記者の豊間根功智氏は、こう述べています。

確かに、デジカメの普及・進歩により、誰もが簡単にきれいな写真を撮れるようになりました。我が家の小1の娘も、念願の自分のデジカメを手に入れ、喜んで撮りまくっていますが、手ぶれ補正やらなんやらのハイテク機能のおかげで、それなりの写真が撮れています。それを見ていた3歳の下の子が、お姉ちゃんのデジカメを横取りして撮っても、ちゃんとした写真が撮れているのですから、写真を撮影するという行為自体は大変簡単になったのは間違いありません。

しかし、それはあくまでも「写真を撮る」ということだけで、プロの写真とは違うと思います。写真は全てが綺麗に撮れていれば良いというわけではありません。例えば、有名なロバート・キャパの、ノルマンディー上陸作戦の時の写真、あれは写真としてはピンぼけなわけですが、あの写真はあのピンぼけ具合が、現場の臨場感を写していて、それがあの写真の価値を高めているわけです。プロの撮る写真は、現場のその一瞬の雰囲気や空気、場合によってはその匂いや音までも見事に切り取られているものなのです。

デジタル化の影響で、新聞社から暗室が消えたということが、こちらに出ています。銀塩写真は、プリントの時にも工夫が出来ました。今のデジカメはそれをパソコンでやるだけです。ただ、違いは誰もができるようになったということだけです。

デジタル化は写真にとってマイナスだとは思いません。簡単に撮れるようになって、従来よりも一枚にかける熱意が少なくなったかもしれませんが、シャッターをたくさん切れるようになったメリットを活かして、一枚一枚を慎重に撮っていたときにはできなかったことができるようになっているはずなのです。パソコンでプリントの加工が容易にできるようになって、写真の表現がいろいろできるようになって、おもしろくなったはずなのです。ただ、その変化があまりにも急激すぎて、それを活かしきれていないだけなのではないかと思います。デジタル写真は、もっと揉まれる必要があるんだと思います。

写真は、デジタルによってますますおもしろくなったんだと思っています。敷居が下がった分、写真の面白みを、多くの人が手軽に味わえるようになった、とても良い時代だと思います。

今の時代は誰もが豊かになったおかげで、なんちゃってプロが出現しているので、本当のプロフェッショナルは必要ではないという、勘違いをしているんだと思います。
写真について言えば、プロとアマが同じデジカメで撮影しても、出来上がった写真は全く違います。「写真の力」自体は落ちていません。誰もが簡単に写真を撮れるようになったわけですが、あくまでも「プロ並み」に撮れるようになったというだけで、プロと同じではありません。

なんとなく、写真に限らずいろいろな分野で、改めてプロフェッショナルの力が必要な時代が来ているような気がします。

2011年1月9日日曜日

『週刊東洋経済』2011年1月8日 第6302号

特集は、「ストーリーで戦略を作ろう」です(全体の目次はこちら)。


「真に優れた戦略とは面白いストーリーだ。」と言うことで、Part1は組織編、Part2は人物編で、戦略ストーリーで成果をあげている組織や人物をとりあげています。

ストーリーとしておもしろいから成功しているのか、成功しているからストーリーとしておもしろいのか、どっちが先かはわかりませんが、成功していることには必ずといっていいほど、おもしろいストーリーがあります。

以前のエントリーで、書籍の紹介で取り上げたザッポスしかり、まもなく映画が公開されるFacebookしかり、本書で取り上げられているサンリオや仮面ライダーなども、しっかりとしたストーリーがあるのがわかりますよね。

『ストーリーとしての競争戦略』の著者である、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授は、本書の誌上講義で、

個人、政治、キャリアにもストーリーが有効です

 と述べています。

「有効」というよりは、「必要」と言ってもいいでしょうね。つまり「成功するには、ストーリーが必要」だということです。

今の日本の政治にいちばん欠けているものが「ストーリー」なのではないでしょうか。

自分で心の底から面白いと思っていれば、努力が苦になりません。自然とのめり込みます。自分で面白くて仕方がないような戦略ストーリーであれば、何度でも自然と人に伝え、共有したくなります。

という楠木教授の指摘は、まさにそのとおりだと思います。
みんながおもしろがってのめり込めるストーリーを会社で作れれば、社員も頑張れるでしょうし、社会で作れれば、その社会の未来は明るいものになっていくはずです。

政治がダメ、社会がダメと言われる今こそ、みんながのめり込めるストーリーを作りだして行きたいですね。


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2011年1月8日土曜日

愛知県の県立学校教員、約1割が残業80時間超!

今日1月8日づけの「asahi.com」に、教員の1割、残業が過労死ライン 月80時間超、愛知県」のタイトルの記事が出ていました。

2010年4月~6月の3ヵ月間に、県立高校151校と特別支援学校27校(分校含む)の計178校に勤務する教員 、約1万1千人の勤務時間を調べた結果なんだそうです。

静岡県でも、出勤簿が数年前から導入されており、時間外の勤務時間を記録していますので、同じような統計は直ぐに出せると思います。
ただ、あくまでも自己申告ですし、教員の場合どこまでが仕事なのかの線引きが難しいので、私自身は時間外勤務の時間は、かなりアバウトな記入です。
土日の部活動や土曜補講、模試の監督など手当のつくものは、きちんとした時間を申告しないといけませんから、そのあたりはちゃんとしていますが、それ以外の放課後については、生徒と話をしていると、時間などはあっと言う間に過ぎてしまいます。私の場合、何故か生徒が何時間もいることがよくあるのですが、話の流れによって、勉強の話になったり進路の話になったり、あるいはくだらないバカ話であったりしますから、厳密に学習指導なのか、生徒指導なのか、ただの日常会話なのか区別が付けられません。こちらがバカ話のつもりの会話でも、後になって生徒指導的な意味があったということもありえます。
あるいは、他の先生方との話も同じです。生徒の学習に関しての話をしている場合もありますが、話がそれてしまう場合もありますから、時間外勤務としてみなせる時間がどれくらいなのか、わかりません。
教員は人相手の仕事ですから、会話というのは大変重要ですが、明確な形で成果が現れるわけではないですから(最近は成果主義が顕著ですので)、結局は時間外にはつけないというパターンが多かったりします(ただ多分私の場合は、それを入れても80時間もやっていないでしょうけれど)。

統計をとった時期にも問題があります。4月~6月は忙しい時期です。4~5月の連休頃までは、新学期の慌ただしさでバタバタしていますし、学校によっては6月に文化祭や体育祭がある学校がありますから、連休明けはその準備で忙しくなります。部活なども大会が相次ぎますから、土日はほとんど潰れます。そんな感じなので、残業時間が増えるのは仕方がないと思います。

残業時間が多いのは問題ではありますが、教員という職業の宿命でもあるような気がします。確かにきつく感じることもありますが、全ては未来を託す生徒がいるからこそ、自分たちが相手をしている生徒たちが未来を担っているからこそ、その生徒のために時間をかけることが、教員としての意義を感じる部分なわけです。生徒のひとりひとりが、出来る限り生徒の能力をうまく活かしていけるように、手助けをすることが教員にとっての生きがいなわけです。生徒が百人いれば、百通りの方法でやっていかなければなりませんから、時間がかかるのは当たり前だと思っています。
教育とは、そういうものだと思います。

2011年1月7日金曜日

『僕の人生を変えた29通の手紙』

誰もが必ず一度はぶつかる壁を乗り越えるための、希望の一冊です。

最も高い壁は、自分の心の壁」という言葉が、本書の帯には書かれています。
 まさにそれこそが自分を苦しめている最大の問題なわけですが、行き詰まった人間にとって、そこが一番わからない部分です。
私などは、しょっちゅう壁にぶち当たっていますが(笑)、そんなときは、どうしても周りが見えなくなってしまい、自分一人ではどうにもならなくなります。そんな時に、自分を支えてくれる周りの人たちの「愛情」が、一番大切なものになってきます。

リーマン・ショック以降、多くの人達が苦しんでいる中で、本書なら少しでもその救いになれるかもしれないと思います。
本書を紹介するのに、多くの言葉は必要がないような気がします。とにかく、手にとって読んでみてください。
大切な言葉がいっぱい詰まっています。ぜひ、じっくり言葉を噛み締めながら、読んで見てください。時には、気に入った言葉をノートに書き写しながら読むのもいいかも知れません。そして読み終わった時には、きっとあなたも誰かに優しくしてあげたくなるんじゃないかと思います。

私も、本書の中から言葉を選んで、生徒たちに送ってあげようと思います。



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2011年1月6日木曜日

『“20代、コネなし”が市議会議員になる方法』

今年は春に統一地方選挙があります。同じように、この春から新しい仕事につく人が多いわけですが、仕事の一つとして「市議会議員」を選ぶということは、現実にはほとんどありません。しかし、本書に出ているデータとして、全国地方自治体(市区町村)の2010年3月末時点での前回選挙の平均倍率が1.21倍、確率でいうと82.6パーセントであるという数字を見ると、単純に数字だけなら、かなり高確率でなれちゃう仕事って感じなわけです。本書の帯には、比較として例えば2009年度の警視庁警察官になれる確率が12.3パーセント、2010年度国家公務員Ⅱ種に合格する確率が8.5パーセントといった数字が出ています。市区町村議員は非常勤の特別職公務員ですから、市区町村議員は、数字上では他の公務員よりも、よほどなれる確率が高いわけです。

第1章 市議会議員になるのは無謀な挑戦じゃない!(市議会議員選挙では1.21人にひとりが当選!/地方議員は年配者ばかり。若者の代弁者がいな い! ほか)

第2章 出馬を決意したらさっそく活動開始!(出馬の決意。選挙まで半年あれば十分、間に合う!/地方議員に落下傘はない。立候補地はずば り地元! ほか)

第3章 いよいよ決戦の時!選挙戦スタート!(ついに選挙期間に突入!テンションを上げて盛り上がろう!/選挙活動は立候補届を出して から ほか)

第4章 若手議員・市長にインタビュー!選挙と議員生活の実際(20代で当選した議員の生の声から学べ!/インタビュー 自分ひとりで7種 類のチラシを配って当選!─埼玉県和光市議会議員・井上わたるさん ほか)

このように、本書はかなり細かく、市区町村議員への道を示してくれていますので、本書をマニュアルがわりにして立候補してみたら、もしかすると市区町村議員になれるかも、と思わせてくれます。

おまけに、2000年の地方制度改革で市区町村議員の権限が今までよりも拡大され、やり方次第では市区町村の運営を、市区町村長などにとって代われるほどの状況になっています。つまり今まで以上にやりがいがある仕事になってきていますので、夢を持つならば、おもしろい職業でしょう。

しかし、問題なのは非常勤であるがゆえに、給与ではなく報酬であるため、一般の人間が考えるほどお金がもらえないという点です。市区町村によってかなり金額にばらつきがありますが、平均月額報酬は30万4818円で、ここから所得税や諸経費が引かれるために、「その程度の金額で議員活動ができるのか?」と思うほどになってしまいます。正直言って、私では今の給料よりも大幅に下がってしまうので、お金の面だけを見ると、やりたいとは思えません。

本書は基本的にタイトルにもあるように、20代(あるいはそれに近い年齢)が夢や希望を持って、市区町村議員にやりがいを見出すというコンセプトなので、収入面での問題は解決されていません。
ですから、このあたりの問題をなんとかしないと、地域住民にとって一番身近な政治が一番最初にだめになってしまうことになり、結局やっぱり政治家はだめだってことになってしまい、夢や希望の持てない仕事になってしまいます。

ただこの先を考えると、このまま政治がダメなままでは困るわけです。特に生産人口が減少し、経済力が落ち込むのは確実なわけですから、その分政治力が必要になってくるわけです。中国がアメリカを抜いて世界一の経済大国になるかもしれない将来に向けて、日本では今から政治力をつけていかないといけないわけです。そのためには、「民主主義の学校」たる地方自治の部分から活性化していくことが大切なわけです。

まぁ、本書を読んで、本当に政治家を目指そうと思う20代はほとんど居ないとは思うのですが、少なくとも政治的な事柄がもっと身近なこととして意識していけるようになってもらいたいですね。その意味では、本書でも紹介されている「議員力検定」はおもしろいです。WEB版もあるので、ちょっとやってみようかなぁ。



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2011年1月5日水曜日

『1492 西欧文明の世界支配』

読もう読もうと思っていて、やっとこの年末年始に読めたので、何の脈絡もありませんが。

帯に、「『21世紀の歴史』の序曲 グローバリズムは、ここから始まった」とありますが、本書のタイトル『1492』は、ご存知のようにコロンブスがアメリカ大陸を「発見」した年で、この年を境に、帯にあるような状態になったのだと言うわけです。

著者のジャック・アタリは、「ヨーロッパ復興開発銀行」初代総裁にして経済学者・思想家・作家であり、“ヨーロッパ最高の知性”と称される人物で、最近では『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』や『金融危機後の世界』が注目されました。

『1492』も1994年に朝日出版社から単行本として刊行されていましたが、2009年にちくま学芸文庫に入り、私はその時に何かでそれを知って、単行本は読んでいなかったのですが、その時大変話題になっていたのを知っていたので、 文庫になったのを機に購入したわけです。


本書はそもそも1992年の「コロンブス500年祭」に合わせて書かれたものですが、1991年のソ連崩壊によりアメリカ一極支配が確立し、アメリカが「西欧文明の世界支配」500年の継承者であることが2001年「9・11」により顕在化されたという、まさにその時に出版されたのは、ジャック・アタリによる、フランスらしい緻密な検証のなせる技なのかも知れません。


固有名詞がとても多く、その一つ一つを理解しながら読むのは、日本人には難しいと思います。正直言って、固有名詞は無視して読むのが賢明だと思います。それでも本書から得られるものは多いです。またここまでやるかと思うほどの緻密さは、読んでいて圧倒されます。


始めに、このタイミングでの紹介にはあまり脈絡がないと言いましたが、ただ2010~2011年のここで本書を読んでみることは、これからの世界を考えるうえで、案外大切かもしれないと思います。ただ文庫とは言え、気軽に読める本ではありませんので、気になった方は覚悟して読んでください(笑)。







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2011年1月4日火曜日

「新東名、12年夏に一部開業へ」

1月4日付け日経WBE版の記事です。新東名、つまり「第二東名」と呼んでいる、建設中の新しい高速道路の話です。
記事によると、全長254キロメートルのうち、静岡県内の御殿場JCTから引佐JCTまでの145キロメートルを、今まで13年3月末としていた計画を前倒しして開通させるということです。

今年も昨日あたりがUターンラッシュのピークだったようで、東名があちらこちらで渋滞していたようですし、それを避ける車で、国道一号線バイパスなどもかなり渋滞していましたので、新東名が開通してくれれば渋滞緩和になるのではないかと期待しています。
実は昨日、隣接する街に買いものに出かけたのですが、国道一号線の一般道で、見事に渋滞に捕まってしまいました。バイパスではなく、一般道です。バイパスも混んでいるのが分かっていたので、地元ですし一般道でいいやと思ったのですが、みんな考えることは同じのようです。

新東名は、制限速度120キロメートルを想定して建設されていますので、法律とかの問題をクリアすれば、快適なドライブができるのではないでしょうか。

私の場合、新東名の開通が楽しみなのは、渋滞緩和を期待しているだけではなく、 別の理由もあります。それは、新東名の工事に先立つ埋蔵文化財の発掘調査を、私がやっていたから。
これを書くと、わかる方には私が誰だかバレちゃうかも知れませんが、静岡県内の新東名建設に先立つ発掘調査現場の、かなりの場所に関わっているんです。それで、その時に一緒に調査をした作業員さんたちとできたら走ってみようと、調査をしているときに話をしているんです。もう最初に調査した時からかれこれ15年くらいたっていて、作業員さんたちもだいぶ年をとっているので、バスでも貸しきって連れて行ってあげたいと思っているんです。

12年夏ということは、来年ですよね(まだ11年も明けたばかりですが(笑))。夏休みの楽しみとして、今から計画しておきたいと思います。

2011年1月3日月曜日

大切なのは、自身で自分の未来を設計すること。

昨日のエントリーにも「一国二制度」のことを書きましたが、今日1月3日付け「沖縄タイムス」の社説も、「一国二制度」をネタにしています。

この社説での結論は、

米軍基地の多さほど沖縄は優遇されていないことに気付いた県は、みせかけの「振興」を求めないことにした。沖縄再生の答えを「自治」に求めた。
 全国に先駆けて地域主権のモデル地区となった。その結果、分かったことは、政府のコントロールから離脱し、県自身で沖縄の未来を設計するという単純なことだった。

つまり「自分の未来は自分が決める」 ということです。何事もそうですよね。けれども、それを実現させるためには、それなりの痛みも伴います。
現行の振興計画が来年で切れるということで、今後をどうするか、今年が大きな分かれ道になるわけです。さあ、果たしてどうなるでしょうか。結果は今年の年末ごろには見えてくるでしょう。

「沖縄タイムス」の社説、1月1日もそうですが、新聞の社説はこうでなくちゃと思わせてくれるものですが、1月2日付けBLOGOSの木走正水氏のエントリーにありますが、本土の大手新聞社(朝日読売日経)の社説はなんとも情けない限りです。このような社説を読むと、さんざん言われていますが、もう新聞はダメだと思わざるを得ません。木走氏の言うように、元日の社説なんですから、せめて毎日社説程度のことを言っておこうという気遣いが欲しいですよね。

やっぱり、自分で考えて決めないとだめです。その意味では、今年は今まで以上に「自立」を意識しないといけない年なのかも知れません。と思っていたら、私以外にも同じように感じている方(今日1月3日のBLOGOSの、山口厳氏のエントリー)がいらっしゃいました(今年の私の考えも、まずまずですね(笑))。

2011年1月2日日曜日

新年早々、BLOGOSがおもしろい。

 具体的には、山口浩氏の暴論:国民皆教制を導入すべきである」と、池田信夫氏の関西は独立せよ」のことです。

山口氏、相当お怒りなのでしょうか?学校教員は社会経験がないから非常識で世間知らずで、だから日本の教育はだめなんだみたいな議論」が世間で比較的多く行われているらしいということに、かなりお怒りになられて、皮肉ってエントリー記事を書かれたような印象を持ちました。私も教員ですので、一般的に言われているこのような議論に対して、正直言って「教育現場をよく知らずにそのような議論をするなんて!」と思っているのですが、山口氏のエントリーを読んで、「そんなに教員がひどいというなら、自分たちがやってみれば」的に読めたもので(実際は違うと思いますが・・・・・)。

山口氏の議論は極論ですが、実際にこのような形式をとったら、間違いなく教育は混乱するでしょうね。教育にならないかもしれません。
正直、世間一般の「学校教員は~」という議論は一部言える部分もあると思います。実際同じ教員でも、「この人は学校だからやっていけるんだろうなぁ」と思う人もいます。
しかし教員が一定の意義があるからこそ、世界的にも教員という職業が成り立っているわけです。確かに誰でも「授業で何かを教える先生」にはなれるかも知れませんが、学校は「授業で教える」だけの場所ではありませんから(もちろん「教員のメインは授業である」というのが、教員の教員たる所以であると思っていますが)、 時々各分野の専門の方を外部講師として呼んでくることは、授業にメリハリが出ておもしろいですが、あくまでも年間計画の一部として取り入れるからこそ効果があるのであって、それを一年間ずっとやり続けることが、果たして教育的効果があるかどうか。まぁやってみないとわかりませんが。
その意味では山口氏の主張は、とてもおもしろいと思います。

もうひとつの池田氏のエントリーの、「地域の行政をすべて府県庁に一元化し、各省庁の出先をすべて地方政府に吸収すればいいのです。税はすべて地方税として税率は地方議会が決め、国政に必要な 経費は地方からの「交付金」として霞ヶ関に払う。公用語も関西弁にす」るという考え方ですが、これを関西に限らず、私の持論(?)である「琉球独立」を含めて、他の地域にも当てはめて、「日本合衆国にしちゃったら?」と思ったわけです。
うまく、どうにかしたら実現可能な気がします(というか、このままダメな日本であるよりは、そうしたほうが将来のためのような)。

「琉球独立」のアイデアとしては、「BLOGOS finance」の方に昨日出ていた、祇園氏の「一国二制度」のエントリーも大変おもしろいです。おもしろいというか、「これ、いけなくない?」って思います。よく考えれば、中国と香港って「一国二制度」ですよね。それでうまくいっているわけです(返還前と返還後の両方の香港を、一旅行者として実際にこの目で見た限りではですが。返還されるその瞬間の香港に居たあの時、歴史ってこうしてつくられるんだって実感しました)。
祇園氏のエントリー記事にもあるように、もし実現させようとしたら、かなりの反発があることが間違いないわけですが、まんざら出来ない話でもないように思ってしまうのは、甘いでしょうか。

いろいろな問題があるなかで、いろいろな可能性を探る意味では、これらのような、一見突飛に思える議論から、もしかすると案外新しい見方が発見できるのではないでしょうか。新年早々、知的なおもしろいネタを読めて、正月ボケの頭がちょっと動いてきました(笑)

2011年1月1日土曜日

2011年に目指すもの

今日2011年1月1日付け『沖縄タイムス』社説、大変良い社説ですので、ぜひ読んでください。

謝名親方利山、林成功、伊波普猷の三人による対談という形式ですが、のっけから謝名親方利山の言葉は確信を付いていると思います。

「沖縄はこの精神を手放してはならない。ここに沖縄の生きる道が示されている」と、のっけから核心にふれたのは謝名利山。彼が取り上げたのは「平和の礎(いしじ)」と「沖縄平和賞」と「世界のウチナーンチュ大会」の三つだった。
 「この三つに共通するのは、いずれも国境を超えた、一国の利害にとらわれないトランス・ナショナルな試みだということ。経済や文化の国境を超えたつながりは深まるばかりであり、安全保障を軍事力や地政学だけで考えるのはもはや時代遅れだ」
 「平和の礎」には国籍に関係なく戦没者の名前が刻まれている。平和賞は、世界の紛争地域や貧困地域などで医療や保健支援活動などに従事し、「人間の安全保障」を実践してきた団体が受賞している。
 10月に開かれる「第5回世界のウチナーンチュ大会」には世界各地から県系人が集い、交流を深める。
 この三つの事業にはもう一つ共通点がある。他人を思いやり、共に支え合って生きることを大切にする―その精神が脈打っている点だ。

2010年には「沖縄問題」だけではなく、尖閣諸島や北方領土などをめぐる様々な問題が起こったからこそ、2011年は謝名親方利山の指摘するところが大切になってくると思います。

そしてもうひとつは、BLOGOSで池田信夫氏が指摘していることですが、

福沢諭吉から丸山眞男に至る日本の知識人は「個の自立」を課題としましたが、それを置き去りにしたまま日本は成長を続けてきました。かつて経済が成長して いた時代には、政府や会社にプールされた富をみんなで分け合えばよかったのです。しかし労働人口の減る社会でそれを続けると、現役世代から巨額の富を老人 に移転する結果になります。自分の食い扶持は自分で稼ぐという、近代社会の原則に立ち返るしかない。

2010年にマイケル・サンデルが注目され、ロールズの新訳が出されたのは、2011年はそれらをしっかりと受け止め、問題を考える年なのではないかと思われるわけです。

つまり2011年の今年は、2010年をベースにさらに様々な問題をより深く本質を追求して考え、解決に導いていくことを目指す年にしなければならないと思います。
私自身もこのことを意識しながら、いろいろと勉強していかなければならないと思っています。今年もよろしくお願いします。