今日3月7日は、静岡県の高校入試の採点日でした。当然、細かい話はできませんが、採点をしていて感じたことを、少しコメントします。
中学校の社会科は、歴史的分野、地理的分野、公民的分野に分かれていて、高校入試もそれぞれの分野から出題されています。
入試問題は新聞に出ていますし、大手の進学塾のHP(佐鳴予備校のHPに掲載分はこちら)にもアップされていますが、今年の問題は、設問に対する提示資料が適切ではなかったものがいくつかあったように思います。
中学生レベルですと、どうしても提示された資料に引きずられた解答になってしまう傾向が強いように思います。もしかしたら、塾などでは、資料にヒントがあると教えているのかも知れませんが、解答として求めているものと、資料に書かれている内容とに多少の誤差があり、資料をそのまま読んで答えると、解答が違ってしまうものが多かったように思います。
つまり、中学生は資料から読み取ったものを、自信満々に解答したのに、実際にはバツを貰っている、もしくは部分点のみという状況になってしまっているものが多かったように感じました。
これは、当然出題者側の問題ですが、ただ中学生も設問に対して、何を答えるのが適切なのかがいまいち分かっていないのではないかと思うのです。つまり、設問を読んでも答えとして求められていることが十分理解できず、そのためにヒントかもしれないと考える資料を使って答えれば正解になるはずだと考えたかもしれないということです。
実は高校生でも同じなのですが、要は問題文を読み解く力が不十分なために、正確に答えられないのではないかと思うのです。つまり、読解力の問題、日本語の問題なのではないかということです。
昨年話題になったPISAで、読解力が向上したとされましたが、実際の現場ではその実感はあまりありません。学力の高い生徒は、読解力があるからこそ、何を答えとして求められているのかを正確に読み取ることができるために、正しい答えを導いているのだと思います。それゆえに、成績が良いのではないでしょうか。
「ゆとり教育」の弊害として、学習量を減らしたことにより知識量が減少したとする見方があります。ですから、新しい学習指導要領のもとでの教科書は3割増しとなっているわけです。
確かに知識量の絶対的不足もありますが、日本語を読み解く力、教科で言えば国語的な力の不足も問題としなくてはいけないのではないかと感じた次第です。
もうひとつは、やはりもっと歴史を、特に近現代史を学んで欲しいということです。
朝鮮半島を植民地としていったあたりの問題が出題されていたのですが、どうもそのへんの知識がしっかりしていないと感じる解答が多かったのです。
昨年は朝鮮併合100年でしたから、中学校でも多少は例年よりも話をしっかりしたのではないかと想像していたのですが、もしかするとそれほどでもなかったのかもしれません。
大学入試センター試験での近現代史重視の傾向が強まっている中で、中学校と高校での近現代史に関する知識を学ぶ量のギャップが激しいのではないかと思います。
高校の歴史の教員としては、とにかく近現代史をもっとやらなければと感じているのですが、その当たりのことを十分に踏まえないといけないなぁと思いました。
まぁ、現代社会や政治経済などでも、近現代史とからむ部分がかなりありますので、その辺の授業でも歴史的知識を意識した授業展開が必要なのかも知れません。ただ、そうするとますます難しい授業になってしまうでしょうが(笑)
2011年3月7日月曜日
2011年3月6日日曜日
大逆事件判決・処刑100年
1911年1月18日、大逆事件の判決が下り、1週間もしない24日に幸徳秋水ら11人が、25日に管野スガが処刑されていますので、ちょっと遅くなりましたが、大逆事件関連の書籍の紹介です。
昨年は、大逆事件100年ということで、いろいろと関連本が出たりしましたが、個人的には田中伸尚氏の『大逆事件 死と生の群像』と、黒岩比佐子氏の『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』が一番良かったと思っています。
大逆事件に関しては、高校の日本史の教科書にもでてきますので、名前だけは知っているという場合も多いでしょうが、詳細はあまり知られていないと思います。
今日では、大逆事件は官憲のでっち上げ事件だということが明らかになっていますので、処刑された12人はもちろん無実の罪で処刑され、実刑を受けた残りの人間ももちろん無実の罪により人生を狂わせられたわけです。
この事件以降、官憲による横暴が激しくなっていくわけで、今日の検察のあり方にもつながっているように思われます。
幸徳以下の実刑判決を受けた人々とそれを取り巻く人々について、詳細に調査されているのが、田中氏の著作です。私自身、本書を読んで初めて知った事実が多く、田中氏は実に丹念に粘りづよく調べ上げていて、尊敬の念すらいだきました。 今後大逆事件に関する著作の代表的なものとして、本書は取り上げられていくことになるでしょう。
黒岩氏の著作は、幸徳とともにこの時期の社会主義者として代表的な、しかしたまたま大逆事件に巻き込まれなかった堺利彦と、その堺が大逆事件による「社会主義冬の時代」をしのぐべく設立させた「売文社」についてを記したものです。幸徳や堺といえば、「平民社」が有名なのですが、本書を読むと、社会主義運動を語る上では「平民社」よりは「売文社」の方がより重要な存在だったことがわかりますし、堺利彦がどのような人物だったかということがはっきりわかります。
田中氏の著作では大逆事件の巻き込まれた人々の実像を、黒岩氏の著作では大逆事件に巻き込まれなかった人々の実像がそれぞれわかります。
ですから、大逆事件とは一体なんだったのかを知りたければ、田中氏と黒岩氏の著作は必読書だと思いますし、今後大逆事件について知りたいと思っている人には、この二冊は必ず進めるべきだと思います。それくらい良い本です。
『大逆事件 死と生の群像』 田中伸尚 岩波書店 2010年 2700円+税
『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』 黒岩比佐子 講談社 2010年 2400円+税
昨年は、大逆事件100年ということで、いろいろと関連本が出たりしましたが、個人的には田中伸尚氏の『大逆事件 死と生の群像』と、黒岩比佐子氏の『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』が一番良かったと思っています。
大逆事件に関しては、高校の日本史の教科書にもでてきますので、名前だけは知っているという場合も多いでしょうが、詳細はあまり知られていないと思います。
今日では、大逆事件は官憲のでっち上げ事件だということが明らかになっていますので、処刑された12人はもちろん無実の罪で処刑され、実刑を受けた残りの人間ももちろん無実の罪により人生を狂わせられたわけです。
この事件以降、官憲による横暴が激しくなっていくわけで、今日の検察のあり方にもつながっているように思われます。
幸徳以下の実刑判決を受けた人々とそれを取り巻く人々について、詳細に調査されているのが、田中氏の著作です。私自身、本書を読んで初めて知った事実が多く、田中氏は実に丹念に粘りづよく調べ上げていて、尊敬の念すらいだきました。 今後大逆事件に関する著作の代表的なものとして、本書は取り上げられていくことになるでしょう。
黒岩氏の著作は、幸徳とともにこの時期の社会主義者として代表的な、しかしたまたま大逆事件に巻き込まれなかった堺利彦と、その堺が大逆事件による「社会主義冬の時代」をしのぐべく設立させた「売文社」についてを記したものです。幸徳や堺といえば、「平民社」が有名なのですが、本書を読むと、社会主義運動を語る上では「平民社」よりは「売文社」の方がより重要な存在だったことがわかりますし、堺利彦がどのような人物だったかということがはっきりわかります。
田中氏の著作では大逆事件の巻き込まれた人々の実像を、黒岩氏の著作では大逆事件に巻き込まれなかった人々の実像がそれぞれわかります。
ですから、大逆事件とは一体なんだったのかを知りたければ、田中氏と黒岩氏の著作は必読書だと思いますし、今後大逆事件について知りたいと思っている人には、この二冊は必ず進めるべきだと思います。それくらい良い本です。
『大逆事件 死と生の群像』 田中伸尚 岩波書店 2010年 2700円+税
『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』 黒岩比佐子 講談社 2010年 2400円+税
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2011年3月5日土曜日
3月4日づけ日経新聞社説について
「世界で競える個性豊かな「人」づくりを」と題された、教育改革の必要性を訴える社説です。
教育の改革はもちろん必要です。問題は、どのような改革を行うのか、その中身です。
いちおう、この4月から小学校では新しい指導要領になりますし、中学校では来年度からですので、まずはその成行きを見守る必要があります。数年はその効果を検討してから、その後再度改革の実施が必要かどうか検討する必要があります。コロコロ変えられては現場はたまったものではありませんし、教育の効果は1~2年ではわからないからです。
ただそれとは別に、どのような「人」をつくっていく必要があるのかという議論は、常に行われる必要があるかと思います。特に社会の変化が早く激しい現代にあって、時代を先取りできるような教育改革を行うためには、あらゆる機会に議論を深める必要があるでしょう。
日経新聞の社説で主張されている、育むべき3つの「個の力」は、実はどれも従来から主張されている内容です。ただ日経の主張の良いところは、「国は大きな戦略と、向かうべき方向のみを定め、具体的な教育の中身は、地域や現場に委ねて創意工夫を引き出すべきだ」 としていることです。「全国各地でいろいろな教え方、学び方を試みる制度」にすべきであるとする意見は大変すばらしいと思います。
多くの人が今の世の中に必要な力をわかっているのに、それを身につけるための教育がうまくできていない(と、私は思っています)のは、画一的な教育だからだと思います。
教員の中には、かなり優秀な人間がいることは間違いないのですが、現状の画一的なあり方では、その能力が最大限に発揮された教育を行うことができません。もっと現場の裁量に任せた教育が実現されれば、能力を持った教員がもっと活きてくると思います。
そのような観点からも、日経の社説での主張はなかなか良いです。
教育の改革はもちろん必要です。問題は、どのような改革を行うのか、その中身です。
いちおう、この4月から小学校では新しい指導要領になりますし、中学校では来年度からですので、まずはその成行きを見守る必要があります。数年はその効果を検討してから、その後再度改革の実施が必要かどうか検討する必要があります。コロコロ変えられては現場はたまったものではありませんし、教育の効果は1~2年ではわからないからです。
ただそれとは別に、どのような「人」をつくっていく必要があるのかという議論は、常に行われる必要があるかと思います。特に社会の変化が早く激しい現代にあって、時代を先取りできるような教育改革を行うためには、あらゆる機会に議論を深める必要があるでしょう。
日経新聞の社説で主張されている、育むべき3つの「個の力」は、実はどれも従来から主張されている内容です。ただ日経の主張の良いところは、「国は大きな戦略と、向かうべき方向のみを定め、具体的な教育の中身は、地域や現場に委ねて創意工夫を引き出すべきだ」 としていることです。「全国各地でいろいろな教え方、学び方を試みる制度」にすべきであるとする意見は大変すばらしいと思います。
多くの人が今の世の中に必要な力をわかっているのに、それを身につけるための教育がうまくできていない(と、私は思っています)のは、画一的な教育だからだと思います。
教員の中には、かなり優秀な人間がいることは間違いないのですが、現状の画一的なあり方では、その能力が最大限に発揮された教育を行うことができません。もっと現場の裁量に任せた教育が実現されれば、能力を持った教員がもっと活きてくると思います。
そのような観点からも、日経の社説での主張はなかなか良いです。
2011年3月4日金曜日
『週刊金曜日』2011年3月4日 837号
特集は、「菅政権がノーテンキに進めるTPPは日本を壊す」です。
これに関しては、いろいろと議論がありますが、総合的に考えてみると、やはり日本にとっては問題が多いように思います。やはり何らかの利権があって、誰かが進めるように動いているのではないかと思ってしまいます。
民主党政権は「政治主導」をうたっていましたが、結局は官僚に操られているように思えてしまいますね。
もう一つ、「日航123便墜落の謎(下)」が掲載されています。
整備不良があったようですが、ポイントなのは、写真分析の結果、123便に向かって飛んでいる「オレンジ」の物体ですね。当時自衛隊が採用していた無人標的機がオレンジ色に塗装されていたということのようですが、もしこれが原因だったとすると、とんでもないことです。
ボイスレコーダーに残されていた機長の言葉は、本誌にそれを聞けるサイトのアドレスが出ていましたので実際に聞いてみたのですが、記事の中でも指摘されているように、私も「オレンジや」と関西弁で言っているように聞こえました。
副機長の、「キャプテン、あれ見てください。あれ」の後に、機長が「オレンジや」と言っている、これならば話はつじつまが合うわけです。
写真に写っている、123便に向かって飛んでいるオレンジの物体、それを発見した副機長が、機長に向かって声をかけ、機長がオレンジの何かを見た・・・・・、そしてこの後、123便が墜落しているのです。
記事の中にもありますが、官庁の地下にはものすごい広い倉庫があります。私も昔、仕事の関係で運輸省の地下倉庫の一角に入ったことがありますが、この事件に関する資料も、きっとそこに眠っているはずですから、絶対に再調査しないといけません。そうしなければ、犠牲になった方々もこのままでは浮かばれないと思います。
これに関しては、いろいろと議論がありますが、総合的に考えてみると、やはり日本にとっては問題が多いように思います。やはり何らかの利権があって、誰かが進めるように動いているのではないかと思ってしまいます。
民主党政権は「政治主導」をうたっていましたが、結局は官僚に操られているように思えてしまいますね。
もう一つ、「日航123便墜落の謎(下)」が掲載されています。
整備不良があったようですが、ポイントなのは、写真分析の結果、123便に向かって飛んでいる「オレンジ」の物体ですね。当時自衛隊が採用していた無人標的機がオレンジ色に塗装されていたということのようですが、もしこれが原因だったとすると、とんでもないことです。
ボイスレコーダーに残されていた機長の言葉は、本誌にそれを聞けるサイトのアドレスが出ていましたので実際に聞いてみたのですが、記事の中でも指摘されているように、私も「オレンジや」と関西弁で言っているように聞こえました。
副機長の、「キャプテン、あれ見てください。あれ」の後に、機長が「オレンジや」と言っている、これならば話はつじつまが合うわけです。
写真に写っている、123便に向かって飛んでいるオレンジの物体、それを発見した副機長が、機長に向かって声をかけ、機長がオレンジの何かを見た・・・・・、そしてこの後、123便が墜落しているのです。
記事の中にもありますが、官庁の地下にはものすごい広い倉庫があります。私も昔、仕事の関係で運輸省の地下倉庫の一角に入ったことがありますが、この事件に関する資料も、きっとそこに眠っているはずですから、絶対に再調査しないといけません。そうしなければ、犠牲になった方々もこのままでは浮かばれないと思います。
2011年3月3日木曜日
入試問題ネット流出について(その2)
今日3月3日、入試問題のネット流出の犯人が、仙台の予備校生だということがわかり、その予備校生が、偽計業務妨害で逮捕されたため、その話題でもちきりですね。
職場でも、今日は高校入試の学力検査の日だったんですが、試験監督の合間合間に、ネットニュースなどを見て、話をしていました。
意外だったのは、逮捕までは行きすぎなのではないかという、予備校生に対する同情論が多かったということです。
高校教員は教育という面を考慮しますので、案外若者の行動に対して寛容な部分があるようです。しかし私は、ダメなものはダメという人間なので、こういう時は、他の方と意見が合いません。
今年こそはと思ったのならば、予備校生が本来とるべき行動は、それだけしっかり勉強すべきだったのです。 それがこのような間違った方向に行ってしまったのですから、彼の行為をそんなに甘く見てはいけないと思います。
これだけ大騒ぎになって、おそらく予備校生本人が一番びっくりしているはずですが、彼の行動はそれほど大きかったんだということに、本人は気がついているでしょうか?
大学を不合格になったうえに、さらに逮捕までされたという点では、二重の罰を与えられていることになりますが、実際世間では何か事を起こしたら、結果的に二重にも三重にも罰が与えられることは往々にしてあり得ることです。そうじゃなければ、模倣犯が出てくるでしょうし、このようなことを軽く考える若者が増えてしまうでしょう。若者の軽い考えが、実は大変重大な問題を引き起こす可能性があるということを、このような機会を通じて知らしめるのは必要なことだと思います。
私自身も、全てを性悪説で考えているわけではありません。性善説と性悪説を、時と場合によってうまく使いわけるのが本来だと思います。ただ、結果的に間違った行動をとってしまい、それが社会的にこれだけ大きな話題となってしまったからには、大学側の不手際などはとりあえず置いといて、それなりに責任をとらなければならないと思います。
保護者もショックが大きいでしょうが、子どもがどんなに大人になっても、保護者はやはり責任を持つべきだと思います。ましてや予備校生はまだ未成年ですから、責任の何割かは保護者の責任でもあると思います。
これで一応犯人の問題は解決するので、大学側はしっかり対応策を検討しないといけませんね。
また、教育界全体でも、もう少し議論を深めていくことも大切だと思います。
そう簡単に、一件落着にしてはいけません。
職場でも、今日は高校入試の学力検査の日だったんですが、試験監督の合間合間に、ネットニュースなどを見て、話をしていました。
意外だったのは、逮捕までは行きすぎなのではないかという、予備校生に対する同情論が多かったということです。
高校教員は教育という面を考慮しますので、案外若者の行動に対して寛容な部分があるようです。しかし私は、ダメなものはダメという人間なので、こういう時は、他の方と意見が合いません。
今年こそはと思ったのならば、予備校生が本来とるべき行動は、それだけしっかり勉強すべきだったのです。 それがこのような間違った方向に行ってしまったのですから、彼の行為をそんなに甘く見てはいけないと思います。
これだけ大騒ぎになって、おそらく予備校生本人が一番びっくりしているはずですが、彼の行動はそれほど大きかったんだということに、本人は気がついているでしょうか?
大学を不合格になったうえに、さらに逮捕までされたという点では、二重の罰を与えられていることになりますが、実際世間では何か事を起こしたら、結果的に二重にも三重にも罰が与えられることは往々にしてあり得ることです。そうじゃなければ、模倣犯が出てくるでしょうし、このようなことを軽く考える若者が増えてしまうでしょう。若者の軽い考えが、実は大変重大な問題を引き起こす可能性があるということを、このような機会を通じて知らしめるのは必要なことだと思います。
私自身も、全てを性悪説で考えているわけではありません。性善説と性悪説を、時と場合によってうまく使いわけるのが本来だと思います。ただ、結果的に間違った行動をとってしまい、それが社会的にこれだけ大きな話題となってしまったからには、大学側の不手際などはとりあえず置いといて、それなりに責任をとらなければならないと思います。
保護者もショックが大きいでしょうが、子どもがどんなに大人になっても、保護者はやはり責任を持つべきだと思います。ましてや予備校生はまだ未成年ですから、責任の何割かは保護者の責任でもあると思います。
これで一応犯人の問題は解決するので、大学側はしっかり対応策を検討しないといけませんね。
また、教育界全体でも、もう少し議論を深めていくことも大切だと思います。
そう簡単に、一件落着にしてはいけません。
2011年3月2日水曜日
『週刊金曜日』2011年2月25日 836号
特集は「学校は会社ではない!」です。
教育現場に会社的な考えかた、ビジネスの手法が次々に導入され、教育が「商品」「サービス」になってしまっています。今週に特集はそれに疑問を投げかけるものです。
実際の教育現場にいる人間としては、ある程度会社的発送を取り入れることは、決して悪いことではないと思っています。マネジメントの手法は、教育現場でも役に立つこともあります。昨年話題になった『もしドラ』は、リアルに現実の学校現場のような錯覚すら感じるもので、いかにもありそうな話だからこそ、なおさら話題になったのだと思っています。
ただし、何事も行き過ぎはいけません。何でもかんでも、ビジネスの手法が良いとは限りません。「教育」は、ビジネスとは違って、直ぐに成果が出る部分とそうでない部分とが混在しています。それを考えないで突っ走れば、どこかに矛盾が生じてきます。
今日のように、先行きが見えない社会で、生徒たちに頑張らせようとしても、いくら頑張っても報われない部分が多いように見えてしまう世の中になってしまっていますので、勉強に向かわせるのが難しいのが現状です。ですから、都立高校のようなやり方が広まりを見せているのもやむを得ないことです。しかし、本当はそうじゃないと多くの教員は思っていると思います。
現場の教員だって、つらいんです。「本当の教育」は、今のような現場の状況とは違うと思っていても、社会の大きな流れが、学校に対してそう要求されているのですから、ある程度はそれに従わなければならないと自分自身に言い聞かせながら、しかしその中でも「本当の教育」のあり方を模索していくわけです。
教育評論家の尾木直樹氏がテレビのバラエティー番組で人気になっているのは、ちょっと違うような気がします。今週の『週刊金曜日』でも、尾木氏のインタビュー記事が出ていて、その意見は的確なことを述べているのですが、デレビでの「尾木ママ」の受け止め方には、やや疑問です。それを売りにしてる芸人ならばともかく、尾木氏は教育評論家として代表的な人物なのに、どうも「イロモノ」扱いされているような部分を感じてしまいます。
「自分はお客である」との意識を持つ保護者が、学校教育に対してなおさら、間違って考えを深めてしまう可能性があるように思います。
静岡県では、明日から公立高校の入試です。来年度の新しい学校への第一歩でもあります。ちょっと遅いですけど、このような時期にこそ、教育のあり方を考える必要があります。ただ、残念ながら実際には入試業務が忙しくて、考える余裕はありませんが。
教育現場に会社的な考えかた、ビジネスの手法が次々に導入され、教育が「商品」「サービス」になってしまっています。今週に特集はそれに疑問を投げかけるものです。
実際の教育現場にいる人間としては、ある程度会社的発送を取り入れることは、決して悪いことではないと思っています。マネジメントの手法は、教育現場でも役に立つこともあります。昨年話題になった『もしドラ』は、リアルに現実の学校現場のような錯覚すら感じるもので、いかにもありそうな話だからこそ、なおさら話題になったのだと思っています。
ただし、何事も行き過ぎはいけません。何でもかんでも、ビジネスの手法が良いとは限りません。「教育」は、ビジネスとは違って、直ぐに成果が出る部分とそうでない部分とが混在しています。それを考えないで突っ走れば、どこかに矛盾が生じてきます。
今日のように、先行きが見えない社会で、生徒たちに頑張らせようとしても、いくら頑張っても報われない部分が多いように見えてしまう世の中になってしまっていますので、勉強に向かわせるのが難しいのが現状です。ですから、都立高校のようなやり方が広まりを見せているのもやむを得ないことです。しかし、本当はそうじゃないと多くの教員は思っていると思います。
現場の教員だって、つらいんです。「本当の教育」は、今のような現場の状況とは違うと思っていても、社会の大きな流れが、学校に対してそう要求されているのですから、ある程度はそれに従わなければならないと自分自身に言い聞かせながら、しかしその中でも「本当の教育」のあり方を模索していくわけです。
教育評論家の尾木直樹氏がテレビのバラエティー番組で人気になっているのは、ちょっと違うような気がします。今週の『週刊金曜日』でも、尾木氏のインタビュー記事が出ていて、その意見は的確なことを述べているのですが、デレビでの「尾木ママ」の受け止め方には、やや疑問です。それを売りにしてる芸人ならばともかく、尾木氏は教育評論家として代表的な人物なのに、どうも「イロモノ」扱いされているような部分を感じてしまいます。
「自分はお客である」との意識を持つ保護者が、学校教育に対してなおさら、間違って考えを深めてしまう可能性があるように思います。
静岡県では、明日から公立高校の入試です。来年度の新しい学校への第一歩でもあります。ちょっと遅いですけど、このような時期にこそ、教育のあり方を考える必要があります。ただ、残念ながら実際には入試業務が忙しくて、考える余裕はありませんが。
2011年3月1日火曜日
高校の卒業式
今日3月1日は、静岡県のほとんどの公立高校で卒業式でした。私立高校も卒業式というところも多いようですし、全国的にも今日卒業式という地域は多いようです。
とにかく、今日卒業された皆さん、ご卒業おめでとうございます!
これからは、それぞれの道を目指して、今まで以上の努力していくことが大切です。
「努力にまさる天才なし」という言葉もあります。コツコツと積み重ねていくことが、自分にとって大きな財産になります。例え、社会の状況がどのような状況であろうと、前進し続けることで道は開けるはずです。
今日は、照れくさいかも知れませんが、今までの18年間を支えてくれたご両親に、ぜひ声に出してありがとうの感謝の言葉を言ってみてください。そして、これからもよろしくと。
正直言って、本当に頑張らなければならないのは、これからだと思います。つらいことも多いですが、そんな時は母校に遊びに行ってみるといいですね。高校の教員は、卒業生が来てくれることを喜んでいます(きっと)。
若いんですから、多少のリスクを恐れずに、いろいろなことにチャレンジしてみてください。
とにかく、今日卒業された皆さん、ご卒業おめでとうございます!
これからは、それぞれの道を目指して、今まで以上の努力していくことが大切です。
「努力にまさる天才なし」という言葉もあります。コツコツと積み重ねていくことが、自分にとって大きな財産になります。例え、社会の状況がどのような状況であろうと、前進し続けることで道は開けるはずです。
今日は、照れくさいかも知れませんが、今までの18年間を支えてくれたご両親に、ぜひ声に出してありがとうの感謝の言葉を言ってみてください。そして、これからもよろしくと。
正直言って、本当に頑張らなければならないのは、これからだと思います。つらいことも多いですが、そんな時は母校に遊びに行ってみるといいですね。高校の教員は、卒業生が来てくれることを喜んでいます(きっと)。
若いんですから、多少のリスクを恐れずに、いろいろなことにチャレンジしてみてください。
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