2010年11月7日日曜日

『週刊金曜日』2010年11月5日 第822号(その1)

創刊17周年記念号なんだそうです。おめでとうございます。

今週の特集は、「「家族」ってなんだろう」です。
表紙にも使われている浅田政志氏の、「みんな家族」の写真企画、いいです。

女房のお父さんが写真好きで、いろんな場面で写真をとってくださるので、我が家にはアチラコチラに家族の写真があります。子どもの写真もそうですが、何よりも昨年亡くなった父の写真を大量にプリントしてくださったのが、何よりも嬉しかったです。自分たちの「記録」がそれぞれの写真に凝縮されていて、それが「記憶」と結び付いているのが家族の写真なんだということを改めて実感しました。

「「家族」ってなんだろう」って、編集後記である「金曜日から」でも、「一度で語り尽くせるテーマではありませんので、」と書かれていますが、まさにそのとおりです。

商売柄、いろんな家族を見ます。ほっとする場面もありますが、やはり様々な問題を感じる場面も多々あります。特に、今週号の中山千夏氏の母娘関係に関しては、中山氏の書いている内容ほどではなくても、いろいろな問題を感じます。

母親の存在の大きさは、息子でも同じだと思いますが、特に娘だと同性ということもあって、問題が複雑にならざるを得ないのでしょう。私自身も、自分が実際に出会った事例から考えて、「母親は時によっては存在悪となる」ものだと考えています。場合によっては父親もそういうことになる場合もありますが、その影響は母親ほどではありません。
子どもが、母親の存在をうまく乗り越えることができれば問題ではないのですが、その壁はかなり高く、うまく乗り越えられずに苦しむ事例があるのです(中山氏がまさにそうなのでしょう)。
母子関係の問題は、ある意味、様々な問題の基本としてとらえてみる必要があるように思うのですが、何故か世間一般では、それを回避するような傾向にあるように感じます。別に私はすべて母親が悪いと言っているわけではありません。それだけ母親の存在は子どもにとって大きいものなのであり、母親自身が感じるよりも、その何倍もの影響があるということを、親になったら知っておいて欲しいと思うのです。

家族の関係は、家族の時間の経過とともに変化していく必要があります。「家族の絆」という枠組みは同じでも、その中身は変化していかなければいけないのです。ところが、それが十分理解されないことが多く、理解していても変化することを恐れるのか、特に母親がそれを拒み、ダメにしてしまうことがあるように思います。また、そのような場合、その子どもが親になったときに、その関係を再生産してしまう可能性が高いと思います。「負の循環」は簡単には断ち切れません(昨今のデフレしかりです)。

しかし、この世の中に、何時までも変わらず、変化しないものは何一つありません。「諸行無常」なんです。だから、それを受け入れることが大切なんだと思います。
結婚して新しい家族ができ、子どもが生まれ、親は年を取り、やがて亡くなり、世代が変わっていくのです。しかし、それが「記憶」として引き継がれていくのが、人類の「記録」、つまり「歴史」なんだと思います。

「家族」や「母親」の問題については、正直言って難しいのですが、できればまた改めて別の機会に論じてみたいと思っています。

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